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Episode.58 砂漠の踊り子

――灼熱の風が、砂を舐めるように吹き抜けた。

アルトたちは終わりの見えない砂の海を歩いていた。

太陽は容赦なく照りつけ、地面からは陽炎が揺らめく。


「……アルト、本当にこの方向で合ってるの?」


「多分、な。でも目印がまるでない……」


魔法書庫で入手した古い地図は、もはやただの紙切れ同然。

進めども進めども景色は変わらず、仲間たちの表情にも疲労の色が滲む。

その時――


「見て! あれ、水じゃない!?」


リナが叫んだ。

蜃気楼の中に、確かに緑の影が見える。

希望を取り戻した三人は足を速め、オアシスへと駆け込んだ。

清らかな水に手を浸す。生き返るような感覚。


「……ふむ、珍しいな」


突然、背後から低く落ち着いた声が響いた。

振り向くと、そこに立っていたのは一人の男――。

長く赤い髪を後ろで束ね、金の装飾が施された黒い民族衣装を纏っている。

鍛え抜かれた体躯、立っているだけで漂う威圧感。

だが、その瞳にはどこか静かな知性が宿っていた。


「あなたは……?」


「俺の名はラシード。砂の国"サラスキア"の武術師範だ」


アルトが旅の目的地を話すと、ラシードは軽く頷いた。


「西へ数キロ進めばサラスキアの城塞都市がある。

 俺も戻るところだ。一緒に行こう」


そうして、ラシードの案内で再び砂の海を進む。

その歩みは軽やかで、まるで砂と一体になっているようだった。

――その時、地面が震えた。

砂の下から黒い影がうごめく。

無数の魔物が、渦を巻くように姿を現した。


「くっ、囲まれた!」


リナが叫ぶ。

だがラシードは動じない。

上着を脱ぎ捨て、静かに拳を構えた。


「見ておけ――これが砂漠の武術……“燕武(えんぶ)”だ」


次の瞬間、彼の体が風のように舞った。

魔物の爪が振り下ろされる直前、彼は半歩沈み込み、滑るように横へ流れる。

回し蹴りが砂を切り裂き、鋭い音とともに魔物の巨体が吹き飛ぶ。

続けざまに二体目。

ラシードはその腕を掴み、体を捻って投げ飛ばす。

動きに一切の無駄がない。

攻撃と防御が一体となった、まさに“舞”のような戦い。


「す、すごい……まるで踊ってるみたい」


リナが息を呑む。


「燕武は、流れを読む武術だ。

 敵の呼吸、足の動き、重心――全てを見極める」


ラシードは淡々と言い放つ。


「砂の上では、力任せでは勝てん。風のように動け」


アルトたちは互いに頷き、魔装を展開した。

アルトの光が拳を包み、リナの蹴りに風が宿る。

セシリアは水の波動を纏いながら援護する。

魔物たちに囲まれながらも、三人はラシードの動きを真似し、呼吸を合わせた。

戦いの末、全ての魔物が砂と共に崩れ落ちた。

ラシードは息一つ乱さず、静かに構えを解く。


「悪くない。初めてにしては、よく動けていた」


アルトは汗を拭いながら尋ねた。


「ラシード、その燕武……俺たちにも教えてくれないか?」


ラシードは少し目を細めた。


「構わん。ただし、体で覚える術だ。頭で理解するものではない」


そして笑みを浮かべる。


「サラスキアに着いたら、基礎から叩き込んでやろう」


リナが空を見上げる。

遥か彼方、砂嵐の向こうに巨大な都市が見えてきた。

金色に輝く壁、塔の上で揺れる旗――砂の国サラスキア。


「どうやら着いたようだな」


ラシードの言葉に、アルトは拳を握った。

砂の国サラスキア――。

灼熱の砂漠を越えた先にそびえる都市は、まるで蜃気楼の中の宝石のようだった。

金と赤の装飾が施された石造りの建物、幾重にも連なる尖塔、

そして市場の喧騒が絶え間なく響いている。

香辛料の匂いと異国の音楽が風に乗り、どこか幻想的な空気を漂わせていた。


「わあ……すごい。まるで絵の中の世界みたい」


リナが目を輝かせる。


「ここがサラスキア……活気がある街ね」


セシリアも辺りを見回し、微笑んだ。

日も傾き、空が橙に染まり始める頃。

ラシードは街の外れにある宿を紹介してくれた。


「今日は休むといい。明日、修練場へ案内する。」


「ありがとう、ラシード」


「礼はいらん。弟子を取るのは久しぶりだ。

 せいぜい足をすくわれるな」


そう言って軽く笑い、ラシードは去っていった。

その夜、サラスキアの街はまるで昼のように賑わっていた。

屋台の灯り、太鼓と笛の音、香ばしい焼き肉の匂い。

祭りでもないのに、人々は踊り、笑い、語り合っている。


「すごいな……夜でもこんなに賑やかなんて」


「向こうで舞姫が踊ってるぞ! 早く来い!」


通りすがりの男が叫び、人々がそちらへと集まっていく。

アルトたちも気になり、人混みの中へ進んだ。

――そこには、月明かりの下で舞う一人の踊り子がいた。

長く鮮やかな赤髪が風に揺れ、金の鈴がリズムを奏でる。

しなやかで、流れるような動き。

だがその一挙手一投足は、どこか戦いにも似ていた。


「……燕武(えんぶ)だ……」


アルトが小さく呟いた。

昼間、ラシードが魔物を倒した時と同じ――

完成された“流れ”。

見る者の呼吸さえ支配するような舞。

踊りが終わると、観客たちは惜しみない拍手を送った。

人々が散っていく中、アルトは思わず踊り子に声をかけた。


「すごい踊りだった。けど……それ、燕武に似てるな」


女性は微笑んだまま、何も言わなかった。

代わりに、背後から聞き覚えのある声が響く。


「“似てる”じゃない。それは燕武そのものだ」


振り向くと、そこにラシードが立っていた。

彼は踊り子の隣に歩み寄り、肩に手を置く。


「紹介しよう。俺の妹――ナディアだ」


ナディアは微笑んで会釈する。


「兄が弟子を取るなんて珍しいわね。

 あなたたちがそのお弟子さん?」


「はい。明日からお世話になります」


アルトが頭を下げると、ナディアは優雅に笑った。


「よろしくね。燕武は“舞”と“戦”の境をなくす武術。

 私の舞も、訓練の一つなの」


その夜は宿に戻り、砂の国の夜風に包まれながら眠りについた。


――翌朝。


ラシードとナディアに導かれ、アルトたちは修練場へ向かった。

砂漠の外れにある石造りの広い道場。

壁には燕の羽の紋章が刻まれている。


「さあ、始めよう」


ラシードが構えを取り、ナディアが舞うように動き出す。

アルトたちはその流れを見て、昨日までに目で覚えた動きを真似た。


――想像以上に早かった。

体の重心移動、回避の流れ、攻撃への転換。

どれもすぐに理解していく。

ラシードが目を見張った。


「……ほう。昨日の舞と戦いを、ちゃんと目で覚えていたか」


「吸収が早いですね」


とナディアが微笑む。

そうして一週間、アルトたちは燕武の修行に没頭した。

砂の上での動き、敵の呼吸を読む訓練、そして“風を纏う感覚”。

魔装と体術が混ざり合い、確実に彼らは成長していった。

そして七日目。

修練場に朝の光が差し込む中、ラシードの号令が響く。


「よし、今日は模擬戦を――」


その時、修練場の入り口から威勢のいい声が飛び込んできた。


「たのもーーーっ!!!」


全員の視線がそちらを向く。

その声――アルトには聞き覚えがあった。


(まさか……この声……?)


砂の国の静寂を切り裂くように、次なる挑戦者が現れる。

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