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Episode.57 世界樹の導き

――風の音がする。

木々がざわめき、鳥の声が遠くで響いていた。

アルトはゆっくりと目を開けた。

目に映るのは、緑に包まれた森の天蓋。

頬には柔らかな草の感触。


「……ここは……どこだ……?」


頭上を見上げると、淡い木漏れ日が差し込んでいた。

崩れ落ちた神殿の瓦礫も、転移陣の光も――今は何もない。

すぐに身を起こし、周囲を見渡す。


「リナ! セシリア!」


少し離れた木陰で、二人の姿が見えた。

セシリアは衣の裾を払いながら立ち上がり、安堵の表情を浮かべる。


「アルト……ご無事で何より……」


リナも目を擦りながら


「ここ……森の中?」


と呟いた。

アルトは周囲を見渡す。

見たこともないほど大きな木々。

空気は清らかで、魔力が漂っている。


「転移の魔法陣……あれが俺たちをここに飛ばしたのか」


方角も分からぬまま、三人は慎重に森を進むことにした。


森を抜けると、視界が開けた。

そこには――木々の枝に築かれた家々が連なる、幻想的な集落があった。

蔦の吊り橋が家と家をつなぎ、光の粒が宙を舞っている。

そして、集落の中心には、空を突くような巨木。

その存在感は圧倒的で、まるで大地そのものが根付いたようだった。


「……あれが、世界樹……?」


セシリアが息をのむ。

そのとき、背後から柔らかな声がした。


「人間がこの森に迷い込むなんて……珍しいわね」


三人が振り向くと、フードを被った細身の女性が立っていた。

長い銀髪が風に揺れ、その瞳は淡い水色に輝いている。

彼女は静かにフードを取った。

尖った耳、透き通る肌、整った容姿――

紛れもなく、エルフだった。


「あなたたち、どこから来たの?」


アルトが名を名乗り、状況を説明する。

女性は少し驚いたように目を細めた。


「……なるほど。転移の魔法陣で……。

 ここはエルフの里"メアリーラース"。

 外の者が足を踏み入れるのは、数百年ぶりかしら」


アルトたちは顔を見合わせる。

“エルフの里”――まさか自分たちが、探し求めていた地に転移していたとは。


案内されたのは、世界樹の根元にある長老の館。

木でできた扉をくぐると、穏やかな光に包まれた室内で、一人の老エルフが待っていた。

長い白髪をたくわえたその姿からは、静かな威厳が感じられる。


「ようこそ、人の子らよ。わしはこの里の長老じゃ。

 世界樹が導いたのならば、おぬしたちに理由があるのだろう」


アルトは一礼し、事情を説明した。

刻印の魔物を封じるため、世界樹の葉が必要であること。

そして、旅の途中で魔族エルシアと遭遇したこと。

長老は目を閉じて静かに頷く。


「……魔族、か。忌まわしい闇の眷属よ。

 彼らと戦うなら、“魔装”を身につけねばなるまい」


「魔装……?」


アルトが首を傾げると、長老は手を差し出し、掌に光を灯した。

その光が形を変え、まるで魔力が剣にまとわりつくように揺らめく。


「魔装とは、己の魔力を武具や身体に流し、力を増幅させる技。

 魔族の肉体や防御魔法を貫くには、それが唯一の手段じゃ」


その言葉を聞いて、アルトはルーカスの戦いを思い出す。

――剣に炎の魔力を纏わせ、圧倒的な斬撃を繰り出したあの戦い。


「ルーカス……あいつ、魔装を使ってたのか……」


「だが、魔装を扱うには深い理解が要る。

 おぬしたちのような外の者には、容易ではない」


アルトは一歩進み出て問う。


「どうすれば……使えるようになるんだ?」


長老はゆっくりと微笑んだ。


「“知”を求めよ。魔法書庫に行くといい。

 そこには古代から伝わる文献が保管されておる。

 魔族、魔装、そして……世界の理を学ぶがよい」


セシリアが頷き、リナも目を輝かせる。

アルトは拳を握りしめた。


「ありがとう。必ず習得してみせる」


長老は立ち上がり、世界樹を見上げた。


「――この世界を蝕む闇を払える者は、もはやわしらにはおらぬ。

 おぬしたちに、精霊たちの加護があらんことを」


館を出ると、世界樹の葉が風に舞い、淡く光った。

まるで旅立ちを祝福するように。


「行こう。魔法書庫へ」


アルトの言葉に、リナとセシリアが頷く。

そして三人は、エルフの里の奥――

世界樹の根の下に広がる、知識の聖域へと足を踏み入れた。

エルフの里・メアリーラースの奥深く、静寂に包まれた石造りの書庫があった。

壁一面に積まれた古代語の書物から、ほのかに魔力の光が滲む。

アルトたちは長老の導きで、その扉をくぐった。


「ここが……魔法書庫か」


「すごい……空気が違うね……」


書庫の中央には水晶の台座があり、手をかざすと文字が浮かび上がる。


――《魔装》


セシリアが読み上げる。


「魔装とは、己の武器を体の一部と認識し、

 魔力を流し込むことで発動する戦闘術」


「つまり、剣に魂を宿すってことか」


アルトは頷いた。

さらに文字が流れる。


――《魔装を極めるには、自身の属性を理解せよ》


試しに魔力を感じ取ると、それぞれの体から異なる色の光が浮かび上がった。


「私は……水ね」


セシリアの周囲に淡い青の光。


「私は風……ふふ、なんだかぴったり」


リナが微笑む。

そしてアルトの剣先には、黄金に近い白の光が灯った。


「光属性……か」


長老が目を見開く。


「なんと……こりゃたまげたわ」


書庫の文字が応えるように淡く光る。


――《光は闇を断ち、魔を退ける勇者の力》


その文に、アルトは胸の奥がざわつくのを感じた。


「光属性は勇者の血筋の者の属性じゃ。

 お前さんの遠い祖先に勇者がいたんじゃろうな」


「……そうだったのか」


「特別な力じゃ。扱いは難しいが使いこなせれば強力じゃぞ」


その言葉を聞いてアルトは拳を力強く握りしめた。

数日間、三人は魔装の修行に没頭した。

剣を握りしめ、魔力を通す感覚を体に刻み込む。

最初は剣が重く、力を流しすぎて爆ぜることもあったが、

次第にそれぞれの属性が剣に馴染んでいく。


「魔装は考えるな、感じろ」


書庫に残された言葉の通り、アルトは剣と一体になる感覚を掴み始めていた。


――1ヶ月後。


3人はそれぞれ魔装を発動できるようになっていた。

アルトの剣は光を纏い、リナの刃は風を切り裂き、

セシリアの杖は水の揺らめきで守りを作る。

修行を終えた彼らに、長老は次の書を示した。


「次に学ぶべきは……“魔族”についてじゃ」


書庫の奥の封印が解かれ、黒い書物が姿を現す。

開いた瞬間、空間に映像が広がった。


――闇に包まれた世界。

黒き城の玉座に、六枚の翼を広げた巨影が座している。


「これが……魔神バルゼオス」


長老の声が震えた。

かつてこの世界を滅ぼしかけた存在。

魔神バルゼオスは“刻印の魔法”を生み出し、無数の闇の魔族を従えていたという。

彼の軍勢によって、古代都市アルバは炎に沈み、人々は絶望の中で滅んだ。

だが、千年前にひとりの勇者が現れ、バルゼオスを封印した。

その勇者が放った光が、闇を切り裂き、魔族の勢力を一掃した――。

けれど封印は不完全だった。

わずかに残ったバルゼオスの配下が、今も人間界で暗躍している。


「そなたらが会ったという……その女魔族も、

 バルゼオスの配下の一人じゃろう……」


長老の言葉に、アルトの拳が震えた。


「じゃあ、刻印の魔物を操っているのは――」


「おそらく、彼女。そして、目的は魔神の復活じゃろうな」


重苦しい沈黙の後、長老は一本の葉を差し出した。


「これが、世界樹の葉じゃ。

 アーティファクトを作るために必要なものの一つ」


リナが両手で丁寧に受け取る。


「ありがとう、長老様」


長老は静かに頷き、外を指差した。


「この森を出るには、“風の吹く方向に進め”。

 森を抜けた先は、果てしない砂の大地――砂漠地帯じゃ」


風が、森の奥から吹き抜けた。

――次なる目的地、砂漠の神殿を目指して。

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