Episode.56 邂逅
神殿の奥から響く足音は、やがて静かに止まった。
空気が凍りつく。
光の届かない闇の中――“それ”は姿を現した。
黒紫のドレスの裾が床を滑り、長い金髪が闇に浮かび上がる。
紅い瞳が、まるで生者を見下ろすように光を放っていた。
「……やはり人間ね。
こんな場所にまで足を踏み入れるとは」
その声は冷たく、艶めいていた。
アルトは息を呑む。
「お前……魔族か」
女は微笑む。
「ふふ……気づくとは、少しは見どころがあるわね」
優雅に一歩、また一歩と近づいてくる。
ただ歩くだけで、重圧のような気配が押し寄せた。
セシリアが震え声で呟く。
「……魔力の流れが桁違いです……まるで……“海”のよう」
アルトは剣を構えた。
「刻印の魔物。あれはお前の仕業か?」
女――エルシアは、くすりと笑う。
「教える義理はないでしょう? 人間風情に」
エルシアの紅い瞳がわずかに細まり、冷笑を浮かべる。
次の瞬間、何の前触れもなく床が爆ぜた。
アルトたちはとっさに身をかわす。
「――っ!」
リナの頬をかすめた衝撃波が、神殿の壁を粉砕する。
「この程度で驚くなんて……弱すぎて、退屈ね」
エルシアが手をかざすと、紫色の魔法陣が空中に展開される。
その紋様は複雑に絡み合い、闇の奔流が神殿全体を包み込んだ。
「奈落崩壊」
轟音とともに天井が砕け、柱が崩れ落ちる。
地面が割れ、砂塵が巻き上がる。
「くっ……!」
アルトはリナとセシリアを庇いながら叫ぶ。
「逃げろ! 外へ!」
しかしエルシアは、出口に視線を向けて指を鳴らした。
ドンッ――!
入り口が、まるで紙のように潰れ、瓦礫で塞がれた。
「あなたたちでは、
まだ“存在”に触れることすら許されないわ」
冷たい笑みを残し、エルシアの身体が闇に溶けていく。
その姿が完全に消えると同時に、神殿はさらに激しく崩れ始めた。
「くそっ……外には出られない!」
アルトが叫ぶ。
「なら――奥へ行くしかない!」
崩れゆく天井の下、三人は走り出した。
崩落する瓦礫をすり抜け、奥の階段を駆け降りる。
背後で神殿の上層が轟音とともに潰れた。
数分後。
地下の空間は奇跡的に無事だった。
中心には、淡い光を放つ祭壇。
その上に――青白く輝く宝玉が静かに浮かんでいた。
「これが……アーティファクトの材料、“蒼光の宝玉”……」
アルトがゆっくりと手を伸ばす。
宝玉は彼の手に触れると、淡く光り、温もりを伝えた。
だが、安堵の暇もなかった。
地上からの崩壊音が、徐々に近づいてくる。
「このままだと……ここも潰れるわ!」
「出口は完全に塞がれてる……!」
リナが焦りの声を上げる。
そのとき――。
リナの胸元から、柔らかな光が漏れ出した。
「……えっ、これ……!」
彼女の手にあるのは、
アステルの雑貨屋でエルフの店主からもらった小さな石。
その石が、まるで呼応するように輝きを増していく。
「反応してる……!?」
アルトが叫ぶと、壁の一角から光が差し込み始めた。
砂が崩れ、光の筋が走る。
そこには――封印された隠し扉。
セシリアが息を呑む。
「転移……の魔法陣だわ!」
扉の奥に、淡い青の陣が浮かび上がる。
宝玉の光と石の輝きが共鳴し、陣が激しく脈打った。
「リナ、セシリア――行くぞ!」
三人が駆け出す。
その瞬間、神殿が完全に崩壊し、地鳴りが響く。
そして―― 光が、彼らを包み込んだ。




