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Episode.55 古代都市

戦士の国を後にして三日目。

空はどこまでも澄み渡り、草一本生えぬ広大な荒野が地平線の果てまで続いていた。

アルトたちは砂塵を巻き上げながら馬を駆り進めていた。

日差しは強く、風は乾いている。

それでも、三人の目は前を見据えていた。


「戦士の国を出てから、ほんとに何もないね……」


リナが額の汗をぬぐいながら呟く。


「荒野地帯は魔物も少ないけど、その代わり補給も難しいのよ」


セシリアが馬上から地図を見下ろしながら答えた。

すると、遠くの岩陰がぐらりと動いた。


「アルト、あれ……!」


リナが声を上げる。

岩と思われた影が立ち上がる。

皮膚のような石質に覆われた巨体――ゴーレムだった。


「来るぞ!」


アルトは即座に馬から飛び降り、剣を抜いた。

ゴーレムの拳が唸りを上げて振り下ろされる。

地面が砕け、砂煙が舞う。

その隙をついてリナが側面から飛び込み、剣を叩きつける。

しかし硬い表面に弾かれ、金属音が響いた。


「くっ……! 岩みたいに硬い!」


「なら、弱点を狙うしかないな!」


アルトはゴーレムの動きを観察し、関節部の隙間に気づく。

地面を蹴り、一瞬の隙を突いて剣を突き立てる。

轟音とともにゴーレムの体が崩れ落ち、やがて砂塵とともに沈んでいった。

静寂が戻ると、リナが大きく息をついた。


「ふぅ……ゴーレムもいるんだね……ここ……」


「厄介なことね。

 けれど、今のあなたたちの連携……見事だったわ」


セシリアが微笑むと、アルトも笑みを返す。


「まだまだだよ。でも――だいぶ旅慣れてきた気がするな」


日が傾き始め、三人は岩壁の陰に野営の準備をした。

焚き火の炎がゆらゆらと揺れ、風が穏やかに流れる。

アルトは火を見つめながら、ふと口を開いた。


「そういえば――あのエルフの老人が言ってた

 アーティファクトの材料、覚えてるか?」


「もちろんよ」


セシリアがうなずく。


「古代都市アルバの宝玉、エルフの里の世界樹の葉、

 龍姫の血、砂漠の神殿の宝石、東国の翡翠……でしたね」


アルトは小枝を火に投げ込みながら頷いた。


「エルフの里って、王都でも情報がなかったよな?」


セシリアは小さく頷く。


「ええ。王家の記録にも詳しい記述はなかったわ。

 エルフたちは気まぐれで、人の国には滅多に現れないから……」


その時、リナが顔を上げた。


「……そういえば、アステルの雑貨屋。

 あそこにエルフの店員さんがいたよね!」


アルトが思い出したように笑う。


「いたな、そういえば。

 ニアに紹介してもらった店だった」


「その人が言ってた“どこかの森に仲間がいる”って

 ……もしかして、エルフの里のことだったのかな」


リナは炎を見つめながら呟く。

セシリアは腕を組んで考え込んだ。

アルトが立ち上がり、夜空を見上げる。


「まずは目の前の“古代都市アルバ”だ。

 アーティファクトを作る第一歩は、その宝玉を手に入れることから始まる」


焚き火の火の粉が星空に吸い込まれていく。

三人は静かに頷き、翌日に備えて眠りについた。


――それから一週間。

長い荒野を越え、幾つもの丘を越え、砂嵐に巻かれながらも進み続けた。

そしてついに、地平線の彼方に黒ずんだ遺跡の群れが見えてきた。


「アルト! 見て!」


リナが馬上から指をさす。

彼方に広がるのは、崩れた塔と、巨大な石門がそびえる都市――

それが、かつて繁栄を誇った《古代都市アルバ》。

アルトは息を呑み、呟いた。


「ついに来たな……」


吹き荒ぶ風が、三人のマントを翻す。

夕日がその廃都を赤く染め上げ、まるで彼らの訪れを歓迎するかのように輝いていた。

荒野を渡る熱風が、砂を巻き上げて頬を打つ。

幾日にも及ぶ旅の果てに――アルトたちは、ついにその地へと辿り着いた。

そこは、広大な砂の海に沈んだ古代都市。

崩れた塔が幾つも突き出し、風化した街並みが地平線の彼方まで広がっていた。


「王の記録では、魔導文明の発祥地だと聞いていましたが……

 まさか、これほどの規模とは」


セシリアの声に、畏怖が混じる。

アルトは視線を巡らせながら、静かに呟いた。


「今はただの廃墟だ。でも――“何か”が眠ってる……

 そんな感じがする……」


三人は馬を降り、足元の砂を踏みしめながら街の中心へと向かう。

荒れ果てた道の途中、石碑のようなものが目に入った。

アルトが手で砂を払うと、そこには黒い焼き跡のような紋章が刻まれていた。


「……見ろ。これ、帝国で見た“刻印”と同じだ」


「刻印の魔物と関係があるのね……」


セシリアが眉を寄せる。

刻印は中心に向かって光の筋を走らせていた。

まるで、彼らを導くように。

その先には――巨大な神殿が、静かにそびえていた。

内部は薄暗く、冷気が漂っている。

壁には古代文字が刻まれ、崩れた柱の間から光が差し込んでいた。


「まるで時間が止まってるみたいだな……」


アルトが呟くと、リナが剣の柄を強く握る。


「でも……空気が、妙にざわついてる」


神殿の中央には、円形の広間。

その床には、奇妙な紋様――

刻印の模様に似た魔法陣が描かれていた。


「……これ、何かの封印?」


「封印、かもしくは……召喚陣」


セシリアの言葉に、全員の表情が強張る。

その瞬間――。

床の紋様が淡く光を放ち始めた。

光は脈打つように強くなり、魔法陣の中心が黒く渦巻く。


「やばい、発動した!」


アルトが叫び、全員が身構える。

次の瞬間、闇の渦から轟音が響き、黒い靄が吹き上がった。

そして――それは姿を現した。

巨大な四足の獣。

全身に黒い鎖のような刻印が浮かび上がり、赤黒い瘴気をまとっている。

瞳は理性を失ったように赤く光り、唸り声を上げた。


「これが……刻印の魔物……!」


アルトが剣を構える。


「来るぞッ!!」


魔物の腕が振り下ろされ、床が粉々に砕け散る。

リナがすかさず回避し、剣で片目を傷つける。

その隙に、アルトが駆け込み前足を斬りつける。

だが、刃が弾かれた。

まるで硬い金属を叩いたかのような感触。


「硬すぎる……! 魔法の防御がかかってる!」


セシリアが後方で詠唱を始める。


「水槍(アクアランス)!」


水の槍が魔物の脚を貫き、わずかに動きが鈍る。

アルトはその隙を逃さず跳躍。


「はあああッ!!!」


高く跳び上がり、魔物の肩口を狙って渾身の一撃を叩き込む。

刻印が火花を散らし、衝撃とともに光が弾けた。

リナも援護に入り、二人の連携が決まる。

セシリアの詠唱が重なり、魔物の体に剣撃と水の衝撃波が炸裂した。


「今よ、アルト!」


「うおおおおッ!!!」


アルトの剣が刻印の核を貫いた瞬間――

魔物が断末魔の咆哮を上げ、光の粒となって崩れ落ちた。

重く響いていた空気が、静寂に変わる。

アルトは剣を下ろし、荒い息を吐いた。


「はぁ……はぁ……なんとか、倒したな」


だが、セシリアが表情を曇らせる。


「……待って。何か、まだ感じるわ……

 とてつもない魔力……怖い……」


リナもすぐに気づく。

――神殿の奥、闇の向こうから。

ひたひたと、何かがこちらへ歩いてくる音。

その足音は、静かに、しかし確実に近づいてくる。

アルトが剣を構える。


「おいおい……まさか、まだ続きがあるのか」


闇の奥で、何かが光った。

赤い、冷たい光――人のものではない“瞳”。


「みんな、構えろ!」


緊張が極限に張り詰めたその瞬間――

神殿全体が低く唸りを上げ、冷たい風が吹き抜けた。

そして――闇が、彼らを包み込む。

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