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Episode.50 帝国の剣

帝都を騒がせた魔物の襲撃は、ひとまず沈静化した。

水路に現れた異形は騎士団によって回収され、調査が進められることとなった。

黒衣の鎧を脱いだ騎士たちは疲労の色を隠せなかったが、その眼差しは真剣そのものだった。

アルトとリナもまた、息を整えながら戦いの余韻を胸に抱いていた。


「見事だったな、アルト、リナ」


声をかけてきたのはエリオットだった。

普段は冷静な彼の顔に、かすかな笑みが浮かんでいる。


「君たちがいなければ、我々はもっと大きな犠牲を払っていただろう。

 ……冒険者だからと軽んじていた自分を恥じるよ」


その言葉にリナは目を丸くし、アルトは少し照れたように頷いた。


「俺たちだって未熟だ。でも、力になれたなら嬉しいよ」


その時だった。 周囲の空気が一瞬にして張り詰め、

振り返ったアルトとリナの前に、一人の女性が現れた。

漆黒の騎士甲冑に身を包み、長い金髪を背に流したその姿は、月夜の下で凛然と輝いていた。

腰に佩いた剣は鞘越しでもただならぬ気配を放っている。


「クラリス副団長……!」


騎士たちが一斉に頭を垂れる。

クラリスはまっすぐ二人を見つめ、口を開いた。


「お前たち、名は」


「アルトだ」


「リナです」


「なるほど……。クロードのバカが帝国に立ち寄った時、言っていた…。

 『いずれ面白い二人組が訪れるだろう』とな。

 ――お前たちがそうか」


その名が出た瞬間、二人の心臓が高鳴った。


「クロードを……知っているのか」


「彼は我らとも縁がある。

 今は王都で“刻印の魔物”の調査に当たっている」


クラリスの言葉に、アルトとリナは顔を見合わせた。


「クロードから王都の依頼を手伝ってほしいと

 手紙を受け取っている。だから、俺たちは――」


「すぐにでも王都に向かうつもりでした」


とリナが続ける。

クラリスは小さく首を振り、鋭い視線を向けた。


「刻印の魔物は帝国にとっても重大な脅威だ。

 調査の結果が出れば、クロードの依頼とも繋がるはず。

 ……ならば急ぐよりも、今しばらく帝都に留まる方が賢明だろう」


アルトは一瞬考え、頷いた。


「確かに……それも一理ある」


するとクラリスは、口元に挑むような笑みを浮かべた。


「ならば待つ間、私と模擬戦をしてみないか?」


空気が凍りつく。

帝国騎士団副団長――帝国最強の剣士と謳われる。

リナが驚いた声を上げた。


「わ、私たちがあなたと!?」


「力を見極めたいのだ。クロードが認めた者が、

 どれほどの剣を振るうのかをな」


アルトは拳を握りしめ、笑みを浮かべた。


「……わかった。俺たちの全力を見せてやる!」


「ええ、受けて立ちます!」


リナも負けじと頷いた。

こうして二人は、帝国騎士団副団長との試練に挑むこととなった。

模擬戦は、帝都騎士団の訓練場で行われた。

対峙するは黒衣の副団長―黒衣の猛将と呼ばれる女剣士。

その美しい黄金色の髪は風に流れ、

黒甲冑に包まれた体は岩のような威圧感を放っている。


「二人同時にかかってこい。手加減は期待するな」


冷静な声が響いた瞬間、アルトとリナは剣を構え、地を蹴った。


「行くぞ、リナ!」


「ええ!」


息を合わせた連撃。


「なるほど……。クロードが認めるわけだ……」


しかし――甲高い金属音が響き、次の瞬間――。


「帝国式豪剣術――鬼哭斬(きこくざん)」


二人の剣は軽く弾き飛ばされた。

クラリスの剣筋はあまりにも速く、重く、そして正確だった。


「なっ……!」


「ぜんぜん、届かない……!」


幾度も攻め込むが、二人の攻撃はすべて受け流され、逆に体勢を崩される。

最後にはクラリスの刃が喉元に突きつけられ、模擬戦はあっさりと終わった。


「悪くはない。だが、この程度では戦場では生き残れん」


その一言は、剣よりも重く胸に響いた。

――そして日々の修練が始まった。

帝都に滞在する間、二人は毎日クラリスと剣を交えた。

最初は二人同時でも敵わなかったが、

やがて一対一で挑むようになり、互いに己の弱さと向き合う。


アルトは剣の速さを磨き、リナは体捌きを研ぎ澄ます。

数日が経った頃、ようやく十本中一本――ほんの僅かだが、

クラリスに一太刀浴びせることができるようになった。


「成長したな、二人とも。

 ……冒険者ではなく、騎士団に入れば帝国を背負う力となれるぞ」


クラリスの誘いに、アルトとリナは視線を交わし、同時に首を振った。


「俺は……冒険者として世界を歩きたい。

 それが子供の頃からの夢だから」


「私も同じです」


クラリスはしばらく沈黙し、やがて小さく笑った。


「そうか。ならばその道を進め。

 だが覚えておけ、考えが変われば帝国騎士団はいつでも歓迎する。

 ……ちなみに団長も私と同意見だったからな」


「帝国騎士団の団長も……!?」


アルトとリナは目を丸くする。


「あの……団長さんってどんな方なんですか?」


「剣の腕は私より劣るが……、何より頭が切れる。

 戦略において団長の右に出るものはいないだろうな」


「そんな人がまだいるのか……」


クラリス副団長と雑談を交わし、その日の訓練は終わった。

その夜、刻印の魔物の調査結果が伝えられた。


「刻印は魔族の古代魔法によるもの。

 刻印を与えられた魔物は凶暴化し、制御不能となる……」


エリオットの報告に場が重く沈む。


「この情報は、王都にいるクロードへ届けなければならない」


クラリスの言葉に、アルトは拳を握った。


「なら、俺たちが運びます。クロードに、必ず」


翌朝、帝都の港に巨大な飛空挺が待ち構えていた。

鋼鉄の船体に魔導石の光が脈動し、空へと旅立つ準備を整えている。

乗り込む直前、クラリスが声をかけてきた。


「アルト、リナ。考えが変われば――

 帝国騎士団はいつでも剣を掲げて迎える」


アルトは背を向けかけて立ち止まり、振り返ると力強く笑った。


「クラリス副団長、ありがとう。

 でも俺は――冒険者として、この剣で世界を切り拓く!」


クラリスはふっと笑い二人を見送った。


「武運を……」


その言葉を受け取り、二人は飛空挺へと乗り込んだ。

翼を広げるように浮かび上がった船は、王都へと向けて空を駆ける――。

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