Episode.48 大海原
港に停泊する大型船は、木造でありながら堅牢な造りを誇り、
帆には青い海鳥の紋章が描かれていた。
アルトとリナが乗り込むと、甲板の中央に立つ人物が彼らに声をかけてきた。
「おや、冒険者かい?」
振り返ると、金髪に黒い外套を羽織った女性がいた。
鋭い眼差しに威厳を宿しながらも、どこか豪快さを感じさせる。
「私はこの船の船長、カレンだ。
帝都行きの船は長旅になるし、この海域は魔物も出る。
冒険者がいるなら心強い。
うちの乗組員もそこそこ戦えるが、もしもの時は力を貸してほしい」
アルトは頷いた。
「もちろん。何かあれば協力する」
「頼もしいね!」
カレンは豪快に笑うと、甲板の端に立ち声を張り上げた。
「野郎ども、出航の準備だ!」
威勢の良い返事と共に、船員たちが一斉に動き出す。
帆が風を孕み、重い碇が引き上げられ、船はゆっくりと港を離れていった。
アルトとリナは手すりに寄りかかり、遠ざかるヴェルサスの街並みを見送った。
白い塔と水路の輝きが次第に小さくなり、やがて水平線の向こうへと消えていく。
「なんだか不思議な気分……また戻ってこれるかな」
リナが小さく呟く。
「戻ってくるさ。きっとな……」
船内を見回ると、一般の観光客らしい人々が甲板に集まり、海の景色を楽しんでいた。
子どもが歓声を上げ、商人らしき男が大声で取引の話をしている。
のんびりとした雰囲気が広がり、船旅の始まりは穏やかに見えた。
だが、アルトの胸には一つの疑問が残っていた。
(クロード……あの人は最高ランクの冒険者だ。
なのに、俺たちに王都での依頼を手伝ってほしいなんて……
どうしてだ?)
彼ほどの力を持つなら、一人でこなせない依頼などあるのだろうか。
考えれば考えるほど不安と期待が入り混じり、胸の奥でざわめきが強くなる。
「アルト?」
リナが不思議そうに覗き込む。
「いや……ちょっと考え事をしてただけだ」
その時だった。
甲板の方から、突如として鋭い悲鳴が響き渡った。
「きゃあああっ!」
船員たちの怒号と、何かがぶつかるような音が続く。
アルトとリナは顔を見合わせ、すぐさま甲板へ駆け出した――。
甲板に飛び出した瞬間、アルトとリナの視界を覆ったのは巨大な影だった。
海面から伸び上がる無数の黒い足――。
「クラーケンだ!」
船員の叫びと同時に、船が大きく揺れる。
一本の足が船体に絡みつき、今にも引きずり込もうとしていた。
「来るぞ、リナ!」
「分かってる!」
二人は迷わず剣を抜き、迫る触手に斬りかかる。
鋭い刃が肉を裂き、黒い体液が海へと飛び散った。
「このままじゃ船ごと飲み込まれる!」
リナが叫ぶと、海面が大きく波立った。
次の瞬間、巨大な本体が姿を現す。
丸い体に不気味な瞳、口の奥には無数の牙。
海を揺らし、怒り狂う咆哮が響き渡る。
「なんて大きさ……!」
だが恐れている暇はない。
アルトは足を踏み込み、切りかかる触手を次々に斬り払った。
リナも背後に回り込み、鋭い突きを繰り出す。
「野郎ども、大砲を準備しろ!」
船長カレンの号令で、大砲が一斉に火を噴いた。
轟音と共に鉄弾がクラーケンの体に叩き込まれ、巨体が大きくよろめく。
「今だ!」
アルトは帆柱を蹴り上がり、跳躍した。
波と風を切り裂きながら、巨体へと飛び込む。
「うおおおおお!」
渾身の力で剣を振り下ろし、クラーケンの皮膚を切り裂く。
続けざまに斬撃を重ね、目を狙い、吸盤を刻み、巨体を血に染めていく。
絶叫をあげたクラーケンは海にのたうち回り、やがて深い海底へと沈んでいった。
甲板に戻ったアルトの前で、カレンが目を見張っていた。
「……信じられない。あの化け物をここまで追い詰めるなんて。
冒険者ってのは、やっぱりすげえな!」
彼女は豪快に笑い、強く拳を握りしめた。
「ありがとよ!アルト、リナ。
お前たちのおかげで船も人も守られた!」
二人は互いに息を整え、剣を収める。
荒れ狂った海も、次第に静けさを取り戻していた。
――それから数日。
船は再び穏やかな航海を続け、ついに帝都ラドムの港へと到着した。
巨大な城壁と石畳の街並みが広がり、活気に満ちた声が彼らを迎える。
「ついたな……帝都」
アルトは胸を高鳴らせる。
「クロードさんのいる王都まで、あと少しだね」
リナも眩しい瞳で前を見据えた。
新たな冒険の舞台が、再び二人を待っていた――。




