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Episode.47 果てなき地平

アステルの街に来てから、気づけば一年が経っていた。

アルトとリナは日々依頼をこなし、森での討伐、商隊の護衛、

遺跡の探索と数えきれない経験を積んだ。

いつしか「村出身の新人」ではなく、

「若き冒険者」として街の人々に認められるようになっていた。


「一年なんて、あっという間だったな」


「でも、私たち、すごく強くなったと思う」


リナの言葉に、アルトは笑みを返す。

だが心のどこかで焦りを覚えていた。


クロード――彼らを冒険の世界に導いた男は、

半年前に王都からの指名依頼を受け、街を去った。

冒険者として最高到達点のSランク冒険者であることを、

その時初めて知ったのだ。

彼の背中はいまだ遠く、その存在が目標であり続けている。


そしてもう一人、彼らを突き動かす存在がいた。

領主の息子ルーカス。互いに腕を競い合い過ごした一年。

実力は拮抗していたが――先日、ルーカスが一足先に冒険者ランクを上げ、

それをきっかけにアステルを旅立った。


「僕に追いつけるものなら、追いついてみろ……田舎者」


そう吐き捨てるように言い残して。

その言葉が、アルトとリナの胸に火を灯した。

そしてルーカスから遅れること数日後、

アルトとリナも冒険者ランクを上げて決意する。


「……俺たちも、次の街に行こう」


「うん。アステルは、もう卒業だね」


二人は荷をまとめ、愛着のある街をゆっくりと歩いた。

石畳の大通り、何度も訪れた市場、鍛冶屋や雑貨屋。

見慣れた景色が、旅立ちの前には妙に輝いて見える。

そして最後に足を運んだのは――冒険者ギルドだった。

賑やかな酒場のざわめきも、今は懐かしさを感じさせる。

受付に立つと、看板娘のミアがぱっと顔を輝かせた。


「アルト! リナ! 本当に行っちゃうの?」


「いつか必ず戻ってくるよ。その時はもっと強くなってる」


アルトの言葉に、リナも頷いた。

ミアは少し寂しそうに笑い、それでも元気よく言った。


「なら約束だよ! 絶対だよ!」


ギルドを後にし、街の門へと歩き出す。

見送りの鐘が遠くで鳴り、夕暮れの光が二人の影を長く伸ばしていた。

目指すは次なる街――新たな冒険が待つ場所へ。


◆◆◆


アステルを旅立ってから、およそ一ヶ月。

長い道のりを越え、海沿いに広がる街がようやく視界に現れた。


「……すごい!」


リナが感嘆の声を上げる。

遠くからでも、街全体が海と共に生きていることが分かる。

城壁の外まで伸びた水門が整然と並び、その間を水が流れ込んでいた。

街の内部にも水路が張り巡らされ、白い石造りの建物が水面に映えている。


「綺麗な街だな……」


アルトは思わず息を呑んだ。

二人は城門に近づき、門番に声をかけられた。


「身分証を提示してくれ」


アルトが冒険者プレートを差し出すと、兵士はうなずき、にこりと笑う。


「なるほど、冒険者か。

 なら歓迎しよう――ようこそ、水の都ヴェルサスへ」


門をくぐった瞬間、潮風が頬を撫でた。

街の中は水と共に息づき、大小の水路をゴンドラが行き交っている。

船頭の歌声が響き、子どもたちが橋の上から水面に小石を投げて遊んでいた。

市場には新鮮な魚介が並び、行商人たちが威勢よく声を張り上げている。


「アステルとは全然違う……」


リナが目を輝かせる。


「見てるだけで、旅してきた甲斐があるな」


アルトもまた、胸が高鳴った。

二人は街並みを楽しみながら歩き回るが、

肝心の冒険者ギルドがなかなか見つからない。

水路と橋が入り組み、似たような路地に何度も入り込んでしまう。


「……完全に迷ったな」


アルトが頭をかくと、すぐそばから元気な声が飛んできた。


「ねえ、君たち! 観光客? それとも冒険者?」


振り向くと、猫耳をぴんと立てた若い獣人の女性が立っていた。

しなやかな尻尾を揺らし、にこにこと笑っている。


「えっと……冒険者なんだけど、ギルドを探してて」


リナが答えると、猫耳の女性はぱっと顔を輝かせた。


「やっぱり! 迷子になってる顔してたもん。

 私も冒険者だから、案内してあげるよ!」


彼女は元気よく手を振り、二人を先導する。


「私はニア。よろしくね!」


「俺はアルト。こっちはリナだ」


迷路のような水路と橋を軽やかに進むニアに導かれ、

二人はようやく目的地に辿り着いた。

青い屋根と波を象った紋章が掲げられた、大きな建物。

人の出入りも多く、活気に満ちている。


「ここだよ、ヴェルサスの冒険者ギルド!」


ニアは胸を張って笑う。

アルトとリナは顔を見合わせ、小さく頷き合った。

ヴェルサスの冒険者ギルドの扉を押し開けた瞬間、

賑やかな声と酒の匂いが押し寄せてきた。

広い酒場と受付を兼ねた空間は、アステルのギルド以上に人の熱気に満ちている。

その中で、アルトとリナの目に真っ先に飛び込んできたのは、見覚えのある人物だった。


「遅かったな、田舎者ども」


黒い衣を纏い、椅子に腰掛けながらこちらを見下ろす視線。ルーカスだった。


「ルーカス……!」


リナが思わず声を上げると、彼は鼻で笑った。


「やっとここまで辿り着いたか。だがもう遅い。

 僕はさらに強さを求め、この街を発つ」


アルトは一歩踏み出す。


「どこへ行く気だ」


ルーカスはゆっくり立ち上がり、漆黒のマントを翻す。


「戦士の国『バルキア』だ。

 力を求める者の集う場所で、僕はさらに上を目指す」


彼の言葉には迷いがなく、アルトは強く拳を握りしめた。


「……負けない。俺たちも必ず強くなる」


「せいぜい努力することだな。追いつけるものなら」


吐き捨てるように言い残し、ルーカスは去っていった。

残されたアルトとリナは複雑な思いを抱えながらも、

ニアと共に依頼をこなす日々を過ごした。

ニアは目を見張る強さを誇っていた。


「身体能力が人間とは思えない……」


ニアの戦闘を見たアルトとリナは驚愕する。

身のこなし、スピード、力、どれをとっても人間離れしていた。


「獣人はみんな大体こんな感じだよ。

 その代わりね、獣人には魔力が全くないんだ……」


「え、……じゃあ魔法とかも使えないの?」


「……うん、だからその代わりに身体能力が高いんじゃないかな」


頬をかきながら答えるニアだったが、自分の戦闘を誇っていた。

それからは水路を利用した輸送の護衛、海岸沿いの魔物討伐――

ヴェルサスならではの冒険が二人をさらに鍛えていった。

そんなある日、ギルドで声をかけられる。


「アルト、リナ。君たち宛の手紙が届いている」


受付嬢が差し出した封筒には、見覚えのある印が押されていた。

震える手で封を切ると、中には懐かしい筆跡で綴られた言葉があった。


 ――王都での依頼を手伝ってほしい。

 ――お前たちの力が必要だ。

 ――クロード


「クロードが……俺たちを?」


アルトの声は震えていた。

リナも胸を押さえ、真剣な眼差しで言う。


「行こう、アルト。クロードさんが呼んでるんだもの」


王都へ向かうには、ヴェルサスから船で帝都『ラドム』を経由する必要がある。

旅の準備を整え、二人はニアに相談した。


「ニア、一緒に来ないか? クロードと一緒に戦おう」


アルトの誘いに、ニアはにこっと笑って首を振った。


「ありがと。でも私はまだこの街でやりたいことがたくさんあるんだ」


「……そうか」


リナは寂しそうに笑ったが、ニアの瞳には揺るぎない意志が宿っていた。


「冒険者をしていればまた会えるよ。だから心配しないで!」


元気に手を振るニアを背に、二人は港へと向かう。

海へと続く大きな船が、ゆったりと波に揺れていた。

新たな旅立ちの鐘が、静かに鳴ろうとしていた――。

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