Episode.40 霧の先へ
夜の森を五人の影が隊列をなして進んでいた。
ミリア。
ライガ。
リリシア。
ゼイン。
そして――人類最強、《王都騎士団団長》アレク・ヴァルキア。
教皇エリウスは近隣の街へ退き、騎士団本隊も護衛として離脱していた。
◆◆◆
「危険です。ここから先は騎士団に任せなさい」
教皇の穏やかな言葉を、ミリアは静かに断った。
「父が向かった場所です。私も行きます」
迷いのない声だった。
リリシアは不安げに袖を引いた。
「でも……ザンガですよ?
瘴気に長時間さらされたら、魔障病に……」
ゼインも珍しく真顔だった。
「命を削る賭けだぞ。お前の親父がいる保証もねぇ」
ミリアは夜空を見上げた。
黒い霧が遠方で渦巻いている。
「...いる。必ず...。
父さんがいるなら、ここで倒す!逃げない……」
その横顔は、決意そのものだった。
アレクが静かに笑う。
「アルト殿が向かったのだろう?」
「はい」
「ならば遅れは取らん」
断言だった。
その言葉に迷いは一切ない。
「アルト殿は俺よりも、強い」
ライガが目を見開く。
「団長より……?」
アレクは肩を竦める。
「表向きは人類最強と言われているが...。
少なくとも、俺は勝てたことがない。
アルト殿は目立つのが嫌いだからな...」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
アルトという男の格が、静かに積み上がる。
ミリアの胸に、希望が灯る。
(父さんなら……大丈夫)
母リナの最期の言葉が蘇る。
“父さんを探してザンガを討って”
ミリアは小さく拳を握った。
父さんと一緒に、ザンガを討つ。そして帰る。
その未来を、疑わなかった――。
◆◆◆
森を抜ける。
空気が変わる。
重い。
喉の奥が焼けるような感覚。
瘴気が近い。
近づいただけでも伝わる"嫌な感じ"。
「濃いな……」
ゼインが顔をしかめる。
アレクが前に出る。
「俺の後ろに」
淡い光が彼の身体から広がる。
瘴気がわずかに押し退けられる。
だが――次の瞬間。
ドゴォォォォォンッ!!
空が爆ぜた。
黒い柱が天へと噴き上がる。
瘴気が、爆散する。
衝撃波が森を薙ぎ倒す。
リリシアが悲鳴を上げる。
「な、なに!?」
アレクが眉をひそめる。
「……おかしい」
爆発は収束する。
黒霧が、霧散する。
瘴気は辺り一帯から消えた。
だが。
「討伐の……気配がない」
アレクの声が低くなる。
ザンガを倒せば、魔力の崩壊波が生じる。
だがそれがない。
ただ、瘴気が弾けただけ。
五人は駆け出す。
地面が抉れている。
森が消えている。
岩山が削れている。
まるで巨大な獣が暴れ回ったかのような戦場。
ミリアの鼓動が早まる。
(規模が……おかしい……)
アレクでさえ、表情を険しくしている。
やがて、視界が開けた。
戦場の中心。
そこに――
一人の男が倒れていた。
うつ伏せ。
動かない。
マントが血に濡れている。
ミリアの呼吸が、止まる。
あの背中。
見慣れた体躯。
信じたくないのに、分かってしまう。
アレクが小さく呟く。
「……まさか……」
男の手には、剣が握られていた。
だが。
折れている。
刃が、途中から消し飛んでいる。
耳鳴りがする。
トクン。
トクン。
世界の音が消える。
父が負けるはずがない。
世界を救った男。
負けるはずが。
負けるはずがない。
なのに。
動かない。
「……父さん?」
声が震える。
足が、勝手に動く。
走る。
何も考えられない。
ゼインの声が遠くで聞こえる。
「待て、ミリア!」
止まれない。
視界が滲む。
地面が近づく。
血の匂いが濃くなる。
うつ伏せの男が、すぐそこに。
その背中が、あまりにも静かで。
ミリアの心臓が跳ね上がる。
(違う……違う……)
父であるはずがない。
違ってくれ。
違ってくれ。
震える手が伸びる。
マントに触れようとする。
その瞬間。
折れた剣の柄が、はっきりと目に入る。
見覚えのある装飾。
幼い頃、何度も磨いた。
父の剣。
間違いない。
呼吸が止まる。
アレクが低く言う。
「……アルト殿……」
ミリアの世界が、音を失う。
鼓動だけが響く。
トクン。
トクン。
彼女は、駆け寄った。
「父さん……!」




