Episode.35 衝突
時計塔の下は、異様な静けさに包まれていた。
巨大な歯車がゆっくりと回り、一定のリズムで時を刻む音だけが響く。
その足元には、ミリア、ライガ、リリシアの三人が揃っていた。
「……遅いですね、ゼインさん」
リリシアが不安そうに辺りを見回す。
この街では、時間が経つほど危険が増す。
「久しぶりに羽伸ばして遊んでるんでしょ。あの人らしいよ」
ミリアはそう言いながらも、無意識に剣の柄に手を添えていた。
その時だった。
「よう」
唐突に、低く乾いた声が背後から聞こえた。
三人が振り向いた先に立っていたのは、月明かりを反射する金髪の男だった。
鍛え抜かれた体躯。
そして何より――その瞳に宿る、獲物を見るような冷たい光。
「……っ!」
ライガの表情が、凍りつく。
「なっ……お前……なんで、こんなところに……!」
男は口角を歪め、楽しそうに笑った。
「久しぶりだな、ライガ」
ミリアが一歩前に出る。
「知り合い?」
男は答える代わりに、自ら名乗った。
「俺は黒狼の牙の幹部。カイル・ヴォルフェンだ」
その瞬間、空気が一変した。
「……黒狼の牙!?」
リリシアが息を呑む。
カイルは続ける。
「弟が世話になってるみてぇだな」
その言葉に、
ミリアとリリシアの視線が一斉にライガへ向く。
「弟……?」
「ライガ……?」
ライガは歯を食いしばり、目を逸らした。
「……兄貴だ」
カイルは、そんなライガを見下ろすように言う。
「相変わらず無愛想なやつだな……。
それとな、お頭が――お前らに興味を持った」
「選べ。大人しくついてくるか……
ボコボコにされて引きずられていくか」
完全な通告だった。
ライガの胸の奥に、説明できない怒りが湧き上がる。
「……その言い方、変わってねぇな
なんでも自分の思い通りになると思ってんのか?」
カイルは小さく舌打ちし、地面に唾を吐いた。
「そんな目で兄貴を見るんじゃねぇよ……」
その瞬間、ライガは一歩前に出た。
「ミリア、リリシア……ここは、俺にやらせてくれ」
「ライガ――」
「頼む……」
その声は、揺れていなかった。
ミリアは一瞬迷い、そして剣から手を離す。
「……分かった。でも無理はしないで」
カイルは鼻で笑った。
「忘れたのか?お前は俺に、一度も勝ったことがねぇだろうがよォ!」
「過去には興味はねぇよ!」
ライガが地面を蹴る。
「今日、勝てばいいだけだろ」
「吠えるな、雑魚が!」
――衝突。
同時に放たれる技。
「「六道体技――阿修羅破掌!」」
だが、結果は一瞬だった。
ライガの身体が、まるで玩具のように吹き飛ばされ、石畳に叩きつけられる。
「……っ!!」
「練度が違ぇんだよ」
カイルの声は冷たい。
ライガは血を吐きながらも立ち上がり、畳みかける。
「六道体技――黒虎夜叉! 狗刃烈脚!」
連撃。だが、カイルは受け流していく。
「なってねぇな……。
感情がブレブレで動きが丸分かりだ」
次の瞬間。カイルの技が放たれる。
右の拳に魔装を纏う。
青黒い稲妻が体技を加速させる。
「六道体技――翔龍拳武!」
雷鳴のような一撃。踏み込みで地面が抉れた。
ライガの身体が後方に吹っ飛び、建物の壁を粉砕する。
「ライガ!!」
ミリアが剣を抜こうとした瞬間――
「や……めろ!!」
瓦礫の中から、ライガが叫ぶ。
「……俺の、相手だ……!」
ふらつきながらも立ち上がる姿に、
カイルは心底つまらなそうにため息をついた。
「お前の弱さには、もう飽き飽きだ……。
格の違いを見せてやるよ」
次の瞬間、空気が震えた。
カイルの身体に、雷の魔力が凝縮されていく。
獲物を狙う猛禽類のように、低く、鋭く腰を落とした。
半身に構え、纏っていた全身の魔力を解放する。
「魔纏解放――狂雷迅穢」
「……っ!?」
ミリアは驚愕する。
大気に青黒い雷光が走る。
大地が唸り、空気が裂ける。
カイルは地面に拳を叩きつけた。
雷が這い、爆ぜる。
特性――"麻痺"と"破壊"。
ミリアたちの身体が、言うことをきかなくなる。
「……なっ、体が……!」
その隙を、カイルは逃さない。
一瞬。
ただ一瞬で、三人は倒れていた。
「連れていけ……」
闇の中から、黒狼の牙の構成員たちが現れる。
意識が遠のく中、ミリアの耳に時計塔の鐘の音が響いていた。




