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Episode.32 別れの港

海底神殿を離れ、すでに海上へ戻った船は、穏やかな波に身を任せて進んでいた。

甲板の縁、波打ち際の岩場に、メアリーが尾びれを揺らしながら腰掛けている。

別れの時だというのに、彼女の表情は相変わらず明るかった。


「いやー、なんか色々あったけどさ!楽しかったね!」


底抜けに朗らかな声が、潮風に溶ける。

つい先ほどまで神殿で命のやり取りがあったとは思えないほどだ。


「楽しかった、で済ませていい出来事じゃないけどね……」


ミリアは呆れたように言いながらも、視線を逸らして微笑んだ。

メアリーがいなければ、人魚の涙には辿り着けなかった。

それは、誰もが理解している事実だった。


「……ありがとう、メアリー。あなたのおかげだよ」


「えへへ!そう言われると照れるなぁ!」


メアリーは嬉しそうに笑い、ぱっと身を乗り出す。


「また会おうね!次はもっとすごい冒険してるから!」


「……その時は、少しは慎重になった方がいいかもね……」


「はーい!」


返事だけは一流だった。

リリシアが涙ぐみながら、大きく手を振る。


「ぜったいですよぉ~!また会いましょうねぇ~!」


「もちろん!だって友達だもん!

 次は私の故郷にも遊びにきてね!」


メアリーは最後にもう一度大きく手を振ると、海へと身を滑らせた。

陽光を反射する水面の下へ、楽しげな尾びれが消えていく。

しばらくの間、誰も言葉を発さなかった。


◆◆◆


それからの航海は、驚くほど静かだった。

船は帆に風を受けながら、ただ前へ進む。

昼は波の音と軋む木材の音だけ。

夜は満天の星が、静かに空を覆っていた。

ミリアは甲板で剣の手入れをしながら、アトランティスでの戦いを思い返していた。

毒に倒れたこと。仲間を守りきれなかったかもしれないという恐怖。

そして、自分の未熟さ。


「……もっと強くならないと……」


誰に聞かせるでもなく、そう呟く。

それは決意というより、事実の確認に近かった。


◆◆◆


航海を続けること約十日。

朝焼けの中、船は一つの分岐点に差し掛かっていた。


「……ここまでだな」


舵輪を握るグレイヴが、短く告げる。

リィナは地図を畳み、ミリアたちに向き直った。


「北に向かうなら、この先は陸路の方が早い。

 私たちは別の海に出るわ」


最初から分かっていた別れ。

それでも、胸の奥が少しだけ重くなる。


「世話になったな」


「ガハハ…!お互い様だ!」


ライガの言葉に、グレイヴは豪快に笑う。


「礼はいらねぇ!面白ぇ航海だった!」


「また海で会ったら、その時は敵でも味方でも、酒くらい奢るわ」


リィナがそう言って肩をすくめる。

ミリアは一歩前に出て、静かに頷いた。


「あなたたちと出会えてよかった。……どうか無事で」


「心配すんな。海は俺たちの庭だ」


「お前たちはこれからどうするんだ?」


ゼインが尋ねるとグレイヴは水平線を見つめる。


「さぁな……海は果てしなく広い……

 気ままに航海を続けるさ」


「……自由でいいな」


「それが海賊だ……」


グレイヴはそう言い、再び舵を握る。

大人っぽい二人のやり取りをリリシアは羨ましそうに見つめていた。

感傷的な言葉は最後まで口にしなかった。

船が進路を変え、ゆっくりと距離が開いていく。

リィナは最後に一度だけ振り返り、ミリアと視線を交わした。

言葉はなかった。だが、それで十分だった。


船影が完全に見えなくなったあと、リリシアがぽつりと呟く。


「……なんだか、寂しいですねぇ」


「でも、また会える気がする……」


ミリアは静かに答える。

旅は続く。出会いも別れも、その途中にあるだけだ。

彼女たちは再び歩き出す。

まだ見ぬ困難と、いつかの再会を胸に秘めて。

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