Episode.3 紅の傭兵
飛空挺が雲を抜けた先に、戦士の国『バルキア』の大地が見えてきた。
険しい山々に囲まれたその国は、荒々しくも雄大な景観を誇っていた。
岩肌の城壁が太陽を反射し、
街の中心には巨大な円形闘技場――『コロッセオ』がそびえ立っている。
ミリアは胸の奥に小さな鼓動を感じながら、飛空挺のデッキを降りた。
風が強く、砂と金属の匂いが混ざり合う。
ここは戦士の誇りで生きる者たちの街。
「父さん……この場所に来たんだね」
呟く声は、風に溶けて消えた。
ミリアは人々のざわめきに導かれるように、コロッセオへと足を運んだ。
そこは戦士、傭兵、旅人たちが集う場所。
情報と力が交わる、バルキアの心臓部だ。
入口を抜けると、熱気と喧騒が押し寄せてきた。
歓声、鉄のぶつかる音、酒の匂い。
ミリアは一人の戦士に声をかけた。
「すみません、アルトという旅人をご存知ですか?
三年前にここに来たと聞いたのですが」
戦士は首を傾げ、顎髭を撫でた。
「アルト……? そりゃ英雄アルトのことだよな?
三年前なら、俺もここにはいなかったしわからねぇな」
別の冒険者にも尋ねたが、誰も父の行方を知らなかった。
焦りと寂しさが胸を締めつける。
――やはり、簡単には見つからないか。
そんなときだった。
人々のざわめきがふと静まり、背後から声がかかった。
「アルトを探してるのはお前か?」
振り返ると、そこに立っていたのは赤い髪の青年だった。
陽光を浴びて炎のように輝く髪。
黄金色の双眸に、鍛え上げられた身体には無数の戦いの痕跡が刻まれている。
「あなた……父さんのことを知っているの?」
ミリアは思わず身を乗り出した。
青年は口の端を上げ、にやりと笑う。
「父さん…か…。知っているとも。だが、タダで教えるほど俺は甘くない」
「……いくら欲しいの?」
ミリアは真剣な目で尋ねる。
しかし、傭兵は笑いながら首を振った。
「金はいらねぇ。そんなつまらんもんじゃねえんだよ、俺が欲しいのは」
「じゃあ、何が欲しいの?」
「強者の証明だ」
その一言に、周囲がざわめく。
「ここはコロッセオだ。血と誇りを競う場所。
俺は“力試し”をするためにここへ来た。
もし父親の情報が欲しいなら……俺に勝ってみせろ」
青年の瞳が、焔のように燃え上がる。
挑発でも侮辱でもない。純粋な戦士の目だった。
「俺の勘が言っている。お前は、この辺の誰よりも強い。
本当にアルトの娘なら当然だけどな…」
その声に、ミリアの心が高鳴る。
母の声が、どこか遠くで響いた気がした。
“あなたはもう、十分強い”
ミリアはゆっくりと頷き、剣の柄に手を置いた。
「分かった。勝てば、教えてくれるのね?」
「もちろんだ。負けたら……潔くあきらめろ」
闘技場の観客席がざわつき、二人の姿に注目が集まる。
金属の扉が開き、陽光が差し込む砂のリングへと導かれる。
ミリアは一歩、また一歩と進み、闘技場の中心に立った。
対する赤髪の傭兵も、ゆっくりとリングに降り立つ。
上半身を覆う鎧もなく、ただの布の上着一枚。
筋肉が陽光を受け、まるで赤銅のように輝いていた。
「武器は使わないの?」
ミリアが尋ねると、傭兵は胸を拳で強く叩いた。
「俺の武器は、この身体だ」
――ゴンッ。
鈍い音が闘技場に響き、観客が息を呑む。
「俺は“紅蓮のライガ”。ライガ・ヴォルフェンだ。
極東の国から強者を求めてバルキアまで来た。お前の力を見せてくれ!」
「ミリア・ハワード。英雄の娘…。
あなたの道楽に付き合うつもりはないけど、父の情報は必ずもらう!」
ミリアは剣を構えた。
砂の上に二人の影が伸びる。
風が静まり、空気が張り詰めた瞬間――
二人の視線が、交わった。
今、激突の予感を孕んで揺らめく。
次の瞬間、闘技場の鐘が鳴り響いた。
そして――戦いが、始まる。
――カァンッ!
鋼と肉体がぶつかる甲高い音が、闘技場全体に響き渡った。
砂煙が立ち、観客の歓声が爆発する。
「やるな!」
赤髪の傭兵ライガが笑いながら拳を振るう。
その速度は風のようだった。
だが、ミリアはそれを見切り、一歩で間合いを取り、剣の刃を閃かせる。
金属音が響く――が、斬撃は止まった。
ミリアが剣を振り下ろす寸前、ライガの両手が素早く伸び、
柄をがっちりと掴み取っていたのだ。
「くっ……!」
ミリアが力を込めるが、彼の腕力は岩のように強靭だった。
「この程度か?」
挑発するような笑み。だがミリアは呼吸を整え、
一瞬で全身の重心を下げた。
――ドンッ!
足元の砂を弾き飛ばし、剣を軸に体を回転させる。
遠心力を利用して、ライガの腕を振り飛ばした。
「ぬぅっ!」
ライガは驚きながらも、即座に後方へ飛び退く。
だが、その着地の瞬間にはすでに――
「……もう遅い」
ミリアの姿が、目の前にあった。
「なっ――!」
ミリアは疾風のように懐へ入り込み、次々と剣撃を繰り出す。
ライガはそのすべてを紙一重でかわすものの、
服が裂け、頬をかすめ、血が滲んでいく。
「クハッ、いいじゃねえか……!」
ライガは笑った。血を流しながらも、
その瞳には高揚と歓喜が宿っている。
ミリアが渾身の一撃を振り下ろした瞬間――
「もらった!」
ライガの足が閃き、剣の刃を踏みつけた。
動きを封じられたミリアの動作が、一瞬止まる。
「六道体技――“阿修羅破掌”!」
ライガの右掌が閃光のように放たれる。
大地が鳴り、空気が震える。
だが、ミリアの瞳が鋭く光った。
「ぐっ…!」
ミリアは瞬時に鞘を抜き、衝撃を受け止めながら後方へ飛ぶ。
砂が舞い上がり、衝撃波が地面をえぐった。
そのまま受けていたら、致命傷は免れなかっただろう。
――息が荒い。額から汗が落ちる。
だがミリアは、冷静に状況を読む。
(このまま長引けば……不利になる。あの人の体力は底なしだ)
ミリアは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
(落ち着いて…。父さんと母さんに教わった……”龍牙の呼吸”……
呼吸で体内の血の流れを操り、力を極限まで引き出す。
火のように熱く、刃のように鋭く。打撃も、速さも、防御も――
その瞬間だけ、命を燃やす術)
ミリアはゆっくりと目を開いた。
次の瞬間、彼女の足元が爆ぜた。
空気が鳴り、ミリアの姿が掻き消える。
「なっ――速ぇ!」
ライガの瞳が一瞬、ミリアを見失う。
その刹那、光が閃く。
ミリアは間合いを一気に詰め、横薙ぎの刃を突きつける。
ライガは反射的に体を逸らす――が、それは罠だった。
「っ!?」
ミリアの刃はフェイク。
本命は、左足の鋭い蹴りだった。
――ドガッ!
ライガの膝が崩れ、体が大地に叩きつけられる。
砂煙の中、ミリアが一歩前へ出て、剣を喉元に突きつけた。
「……ここまで、だね」
静寂が、闘技場を包んだ。
風が砂を巻き上げ、観客席から歓声が爆発する。
「うおおおおお!すげえ、なんだ今の動き!」
ライガは天を仰ぎ、大きく笑った。
「ははっ……! 本当に、俺の勘は当たったな。
お前、強ぇよ。まるであいつみたいだ」
「あいつ……?」
「お前の父親、アルトだよ」
ミリアの目が見開かれる。
「疑ってたんじゃ…」
「今の見て疑う奴がいるかよ。
お前は間違いなくアルトの娘だ。」
ライガはゆっくりと起き上がり、手を差し出した。
「戦いの後は、剣じゃなく酒で語るもんだ。
……場所を移そうぜ。詳しい話は、そこでだ」
ミリアは少し迷ったが、頷いた。
「分かったわ。約束通り、教えてもらう」
観客の歓声を背に、二人は闘技場を後にした。
夜の帳が下り始めるバルキアの街に、
勝利の余韻と、これから始まる新たな真実の予感が漂う。
――父の足跡は、今、紅の傭兵の口から語られようとしていた。




