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Episode.2 冒険の心得

丘を越え、森を抜け、ミリアは辺境の街アステルへと向かっていた。

ここはレーヴァ村の人々にとっては交易の中心として栄える街で、

山からの鉱石と海辺の港を結ぶ要所。

父アルトと母リナが若かりし頃、幾度も立ち寄った場所でもある。

リーヴァ村からの旅路の末、石畳の大通りに足を踏み入れたとき、

ミリアの胸には淡い懐かしさがこみ上げた。

父と母が笑い合いながら歩いたこの街を、自分も今、同じように歩いている――

そう思うだけで、喪った悲しみの中にも小さな温もりが灯るようだった。

アステルの中心には白亜の城館がそびえている。

街の領主ルーカスの邸だ。

ミリアが幼い頃、何度かその屋敷を訪れた記憶があった。

少し無愛想な男――それが、幼いミリアにとってのルーカスの印象だった。

門の前には衛兵が立っていた。


「あの、ミリア・ハワードです。

ルーカスさんに会いたいんですけど…」


「ミリアちゃん!?これは驚いた…!

大きくなったものだね。もちろん通っていいよ。

ルーカス様のお友達のお嬢さんだからね」


すぐに通された。

重厚な扉の奥、煌びやかな装飾が施された応接室に、

あの無愛想な男がいた。


「おお、ミリアか……ずいぶん大きくなったものだな…。」


ルーカスは立ち上がり、

がっしりとした手で彼女の肩を叩いた。

その笑顔が、次の瞬間、静かに曇る。


「……リナは、もう……?」


「はい……。母が病気の間、ご支援いただきありがとうございました…」


ミリアは母の最期を語った。

リナがザンガの病に倒れ、父を想いながら逝ったこと。

そして母の遺志を継ぎ、父を探して旅立ったことを。

ルーカスは深く目を閉じ、長い沈黙ののち、低く呟いた。


「そうか……あの二人がいなければ、今の私はなかった。

リナは本当に、強くて優しい人だった……」


窓の外に視線を向け、彼は遠い日を懐かしむように語り出した。


「アルトの居場所は分からんが、三年前に旅立つ前、

“まずは戦士の国バルキアへ向かう”と言っていた。

あそこなら何か情報が掴めるかもしれん」


ミリアの瞳が強く輝いた。


「バルキア……! 分かりました。私、そこへ行きます!」


ルーカスは微笑み、机の端に置かれた小さな鈴を鳴らした。


「執事よ、飛空挺の準備を。バルキアまで彼女を送れ」


扉の外で「かしこまりました」と声が響く。

ミリアは慌てて頭を下げた。


「ありがとうございます、ルーカス様。ご迷惑をおかけして――」


「礼など要らん。それに他人行儀な呼び方をするな…。“様”など不要だ。」


彼は薄く笑って、椅子に深く腰を下ろした。


「お前の父と母には、借りが山ほどある。

礼を言うなら私の方だ」


そしてルーカスはふと真顔になり、穏やかな声で言葉を続けた。


「ひとつ、忠告しておこう。――旅には、仲間を連れろ」


「仲間…?」


ルーカスは軽く頷いた。


「そうだ。私は昔な、くだらぬプライドに縛られて、一人で旅をしていた。

力こそ全てだと思ってな。だがな、アルトやリナと出会って初めて知ったんだ。

苦しみも悲しみも、仲間となら半分になる。喜びは、倍になる。

――短い期間だったが、あの二人との旅は本当に楽しかったよ」


一瞬、寂しげな微笑みが浮かんだ。

その表情が、かえってルーカスの心の深さを伝えていた。

ミリアは小さく微笑み、胸に手を当てた。


「私もきっと、誰かと出会って、

ルーカスさんが楽しいと思ったような…そう思える旅をします」


「そうだ。それでいい」


外から飛空挺の汽笛が聞こえた。

空を裂くような風の音。――出発の時だ。


「気をつけて行け、ミリア…。」


ルーカスの声が響く。


「旅はな、命を懸けるものでもあるが……楽しむものでもある。

そのことを、どうか忘れるな」


ミリアは振り返り、しっかりと頷いた。

空を背景に、巨大な飛空挺がゆっくりと浮かび上がる。

金属の翼が朝日を受けて輝き、風を巻き上げた。

翼や船体には魔道具が取り付けられており、風の魔法陣が浮かび上がっていた。

ミリアはデッキの上で振り返り、

屋敷のバルコニーに立つルーカスを見つめる。

彼の姿が次第に小さくなり、雲の向こうに消えていく。

その胸に、再び父と母の記憶がよみがえった。

――父さん、母さん。私、行くよ。

新しい空の下で、あなたたちが見た景色を、私も見てみたい。

風が頬を撫で、空の彼方へと導く。

少女の旅は、いま新たな空を越えて始まろうとしていた。

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