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Episode.29 切れ者

ミリアの身体が、静かに石床へ倒れ伏した。


「……ミリア、さん……?」


リリシアの声は震え、喉で掠れていた。

光を失いかけた瞳。呼吸は浅く、脈も弱い。


「ふふ……あらあら。やっぱり毒は正直ね……」


ヴィオラは愉悦に満ちた笑みを浮かべ、

しなるウィップソードを引き寄せる。

紫の髪を指で梳きながら、余裕たっぷりに笑った。


「言ったでしょう? 掠っただけで5分。

 完全に回れば3分もかからないわ。

 これはね、ただの神経毒じゃないの」


ヴィオラは語る。

それは誇示であり、慢心だった。


「魔力伝導型の混合毒。

 血流と魔力循環、その両方に絡みつく。

 解毒には――そうね、属性を理解していないと不可能ね」


「……へぇ……そうなのね…」


その声は、ミリアでもライガでもリリシアでもなかった。


「ずいぶん親切に教えてくれるのね」


ヴィオラが睨む。

そこに立っていたのは、剣も銃も持たない

――海賊の娘、リィナだった。


「あなた……さっきから黙ってたと思ったら」


「ええ。だって聞いていたかったんだもの。

 あなたの開発した毒の発表会を」


リィナは腰の小袋を開き、指先で小瓶を転がす。

その目は怯えではなく、計算で光っていた。


「混合毒、魔力伝導型。作用時間は3分から5分。

 神経と循環、両方に作用する――つまり」


ヴィオラの笑みが、わずかに歪む。


「……つまり?」


「逆流させればいい」


その瞬間、リィナは動いた。

海賊として生きてきた彼女は、薬草も毒も“取引” として知っている。

神殿の床に散らばる鉱石粉末。

人魚の涙の結晶からこぼれ落ちた微細な欠片。

そして、リリシアが咄嗟に渡した水魔法で生成した純水。


「魔力循環を一瞬止めて、属性を反転させる。

 強引だけど……効くわ」


リィナはそれを即席で混ぜ、薬を完成させる。

すぐさまミリアのもとに駆け寄るが――。


「させないわ!」


ヴィオラのウィップソードがリィナの行手を阻む。

その時、リィナの後方から魔法陣が発動する。


「雷槍(サンダーランス)ですぅ!!」


「くっ!!」


リリシアの魔法がヴィオラのウィップソードを弾く。

しかしヴィオラはミリアに薬を飲ませまいと接近戦で対抗する。


「コネクト!」


ウィップソードが音を立てて繋がり、

剣となりミリアとリィナに襲いかかる。

すかさずリリシアは杖を前にかざして魔力を込める。


「炎壁(フレイムウォール)ですぅ!!」


ヴィオラの前に炎の壁が出現し、ヴィオラの行手を遮った。


「……っ!!こざかしい!!」


「行かせないですぅ!リィナさん!今のうちに!」


リィナは頷き、リリシアの援護でミリアのもとに辿り着く。

そしてミリアの口に薬を流し込んだ。


「なっ……!」


ヴィオラがウィップソードを展開しようとするが、遅い。

リィナは顔を上げ、静かに言った。


「――あなた、喋りすぎよ」


その言葉と同時に、ミリアが呻き声をあげる。

魔力循環が逆流して、ミリアの中に流れる毒物が中和されていく。

次第にミリアの顔色は戻っていき、指がぴくりと動いた。


「……助かったわ、リィナ」


ミリアはゆっくりと立ち上がる。

瞳には確かな光が戻っていた。


「解毒は……一回きりよ。材料は、もう残ってない」


「十分よ」


ミリアは短く礼を言い、ヴィオラを見据える。


「もう見切ったわ」


――エルフの長老の言葉が、脳裏をよぎる。

光属性の特性は、"強化"と"特攻"。

強化とは、力だけではない。

ミリアは呼吸を整え、魔装を展開する。

だが、纏う先は筋肉ではなかった。

――瞳。

視界が一変する。動体視力が跳ね上がり、

ウィップソードの軌道が、線として“見える”。


「……っ!」


ヴィオラの猛攻が始まる。

ロール。アクセル。リターン。

だが――当たらない。

ミリアは最小限の動きで、すべてを躱す。

一歩、半歩、指先数センチ。


「な……なによ、それ……!」


ヴィオラの声に、焦りが混じる。


「見えてるだけだよ……全部…」


ミリアの剣が、初めてヴィオラの肩を掠めた。


「くっ……!」


ヴィオラは後退し、膝をつく。

――脳裏に浮かぶのは、ただ一人。

お頭……

幼い頃から、拾われ、

命も罪も、すべてを共にしてきた。

あの人のためなら、私は――

ヴィオラは歯を食いしばり、立ち上がる。

物語は――さらに深い闇へ踏み込もうとしていた。

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