Episode.28 対峙する牙
アトランティスの神殿に張り詰めた空気は、ついに破裂した。
「可愛いのがいるわねぇ……ほんと、いじめがいがあるわ」
紫髪を揺らし、ヴィオラは愉しげに笑った。
その笑みは花のように艶やかで、同時に猛毒を孕んでいる。
「ミリア……あいつ、相当ヤバそうだぜ」
ライガが低く警告する。
「うん、油断は禁物だね」
ミリアは剣を構え、静かに息を整えた。
「こんな神聖なところで死にたくないですぅ~!」
リリシアは半泣きで叫ぶ。
「ふふ……。大丈夫よ」
ヴィオラは肩をすくめる。
「全員、同じところに行くだけなんだから」
その声と同時に、
背後の黒狼の牙の団員たちが一斉に動いた。
「お頭からのオーダーよ」
ヴィオラが指を鳴らす。
「あの三人――確実に仕留めなさい」
「そう簡単に……っ」
ミリアが言いかけた瞬間、ヴィオラの手にした武器に目が留まった。
剣――だが、しなやかに湾曲し、蛇のようにうねる。
刃の表面には、鈍く光る粘性のある液体。
「毒だね……」
「ご名答」
ヴィオラは満足そうに微笑む。
「掠っただけでも5分。あの世行きよ」
「やばすぎですぅ~!」
リリシアが青ざめる。
「ライガ、リリシアとリィナを守って」
ミリアは即座に判断した。
「この女は……私が相手する」
「おい、勝算はあるのかよ!」
「……今、考えてるところ…」
そのやり取りを遮るように、黒狼の牙の一人が前に出た。
「ウォォォォ! ヴィオラの姐さん!」
ガタイのいい男が拳を鳴らす。
「こいつら仕留めたら、幹部に推薦してくれよ!」
「いいわ」
ヴィオラは視線も向けずに言った。
「結果で見せなさい、ザング」
「うおおおお! やってやるぜ!」
「チッ……」
ライガが舌打ちする。
「リリシア、リィナ!
自分たちの身は自分で守れるな!?」
「うぅ……やるしかないですぅ~」
リリシアは涙目で頷く。
「リィナさん、失敗しても恨まないでくださいねぇ~」
「これでも海賊よ」
リィナは短く笑った。
「覚悟はできてるわ」
「今生の別れは済んだ?」
ヴィオラが一歩踏み出す。
「じゃあ……始めましょうか」
――戦端が、切って落とされた。
ミリアとヴィオラは、ほぼ同時に踏み込んだ。
ウィップソードが唸りを上げ、神殿の空気を切り裂く。
間合いに入れない。
近づこうとすれば刃が絡み、退けば死角から毒が迫る。
「どうしたの?」
ヴィオラが嗤う。
「毒が怖くて、足が止まった?」
「……笑っていられるのも、今のうちだよ」
ミリアは一呼吸。
燕武――流れるような体捌きで刃の隙間を縫う。
だが、届かない。
一歩、足りない。
(このままじゃ……消耗戦になる)
ミリアは歯を食いしばり、覚悟を決めた。
再び踏み込む。
刃が激しく舞う。
ヴィオラのウィップソードは
掛け声に合わせて変幻自在に形を変える
「ロール!」
刃が円を描き、退路を塞ぐ。
「コネクト!」
一瞬で剣へと戻る。
「リターン!」
死角から刃が戻り――
「アクセル!」
突き刺す一撃。
ミリアは、最小限の動きで躱し、前へ出た。
剣が、ヴィオラに届く――
「コネクト!」
金属音が弾け、剣同士がぶつかる。
「……毒、怖くないの?」
ヴィオラが囁く。
「覚悟を決めただけ」
ミリアは睨み返す。
「それくらいしないと、あなたは倒せない」
「いい度胸ね……」
一方――
「ウヒヒヒ……弱そうだなぁ」
ザングが舌なめずりする。
「すぐに折れちまいそうだぜ」
「チャーシューにしちゃ不味そうな体だな」
ライガが挑発する。
「てめぇぇぇ!!」
突進。
だが、遅い。
「悪ぃな。時間ねぇんだ」
ライガの掌が突き出される。
「六道体技――阿修羅破掌!」
衝撃。
――しかし。
「……今、なんかしたか?」
ザングが笑う。
「なっ……!?」
ライガの目が見開かれる。
「クソ、頑丈すぎだろ……!」
次の瞬間、反撃。
抱え上げられ、壁に叩きつけられる。
「がっ……!」
床に叩きつけられ、血が滲む。
そのまま足首を掴まれ、地面に叩きつけられる
「ぐぁっ……!」
だが――
「調子に乗るんじゃねぇ!」
膝蹴り。
逃れる。
(懐かしいな……)
傭兵時代の記憶が蘇る。
(命のやり取り……これを求めて、俺はミリアについてきた。
最強の証明こそが俺の道……)
「相手が誰だろうが関係ねぇ!」
ライガの目つきが変わる。
「命ごと、踏み込むだけだ!」
ザングはライガの腕を掴むが――
バキッ――!!
一瞬でザングの指を折り、逃れる。
間髪入れずにザングの腹に連打を叩き込む。
「うおおおおおおおおらぁ」
ザングはたまらず前屈みになる。
その一瞬をライガは見逃さない。
「六道体技――狗刃烈脚!」
ザングの顔面に強烈はハイキックがぶち込まれる。
轟音。
ザングが血を吐きながら崩れ落ち、沈黙した。
「……筋は悪くねぇよ…」
ライガは息を吐く。
「だが、相手が悪かったな……」
その瞬間――
「ミリアさぁぁぁん!!」
リリシアの悲鳴。
振り向いた先で、ライガは見た。
――神殿の床に、血を流して倒れるミリアの姿を。
時間が、凍りついた。




