Episode.27 海底の神殿
アトランティスの内部は、海底にあるとは思えぬほど静謐だった。
巨大な石柱が円環状に立ち並び、
その一本一本には古代文字と海の紋様が刻まれている。
天井は遥か高く、半透明の結晶層が淡い光を放ち、
まるで海そのものが空になったかのようだった。
光は揺らぎ、波紋のように床へと落ち、
神殿全体を柔らかく包み込んでいる。
「……すごいですぅ……」
リリシアは思わず声を落とした。
「怖い場所かと思ってましたけどぉ……
なんだか、優しいんですねぇ……」
「ここは“祈りの都” だから」
メアリーがくるりと振り返り、胸を張る。
「争いを持ち込む場所じゃないの。
だから空気も、水も、全部穏やかなんだよ」
神殿の壁沿いには、水が流れる細い水路――
流水道が張り巡らされていた。
人魚たちはそこを自由に泳ぎ、地上の通路と交差するように行き交っている。
水は不思議と外へ溢れることはなく、透明な膜に守られているようだった。
メアリーはその流水道を軽やかに進みながら、時折こちらを振り返る。
「ついてきて! 中心まではもうすぐだから!」
同行するのは、
ミリア、ライガ、リリシア、リィナ、そしてメアリー。
グレイヴとゼインは船を守るため、神殿の外に残っていた。
◆◆◆
船上。
深海の静寂の中、わずかな振動音だけが響いている。
「……なぁゼイン」
グレイヴが甲板に腰を下ろし、海を見つめたまま口を開いた。
「リィナ、ちゃんとやれてると思うか?」
「あぁ?どう見ても優秀だろ」
ゼインは即答だった。
「判断も早いし、度胸もある。
あれで二十そこそこなんて、信じられねぇ」
「そうだろ?」
グレイヴは口元を緩める。
「母親似でな。頭が切れるのは……まあ、俺じゃない」
「はは、だろうな」
ゼインは短く笑った。
「親ってのは、どこまで行っても親バカになるもんだ。
お前もだろ?ゼイン……」
グレイヴが横目で見る。
ゼインは一瞬、視線を逸らした。
「……さあな」
その時だった。
甲板の奥、影が“揺れた”。
「――っ」
次の瞬間、黒装束の男が飛び出す。
続けて二人、三人。
「チッ……来やがったか」
ゼインが魔導銃を構える。
「黒狼の牙だな」
グレイヴは立ち上がり、剣を抜いた。
「船は渡さねぇぞ」
◆◆◆
一方、アトランティスの奥。
メアリーは泳ぎながら、語り始めた。
「昔ね、ずーっと昔……海と陸は仲が悪かったんだって。
陸からのゴミや汚染で、海は汚れていったから……」
流水道の水面に、過去の幻のような光景が映る。
争う人間と魚人、沈む船、荒れる海。
「でもね、ある時、深海まで来た人間の冒険家がいたの。
魚人たちにやられて傷だらけで、ボロボロで……。
それでも、海を憎まなかった」
ミリアは静かに耳を傾ける。
「その人は海を愛していた。
それが分かったから、人魚たちが助けたの。魚人たちもね」
「その冒険家は海を綺麗にして、海に住んでいたみんなは救われた……。
それがきっかけで、少しずつ話をするようになって……」
光景は変わり、共に神殿を築く姿が映る。
「それで作られたのが、アトランティス。
海と陸をつなぐ、約束の場所」
やがて一行は、巨大な広間へと辿り着いた。
中央に浮かぶ、蒼く澄んだ巨大結晶。
心臓の鼓動のように、ゆっくりと脈打っている。
「あれが……」
リィナが息を呑む。
「人魚の涙」
メアリーが静かに言った。
「結晶だから当然、本当の涙じゃないんだけどね……
昔の冒険家がね、あまりにも綺麗だからそう呼んだんだって」
ミリアは一歩近づき、慎重に結晶へ手を伸ばす。
結晶の表面から、ひとかけら――
淡い光の欠片が、自然に剥がれ落ちた。
その瞬間。
「――そこまでよ」
背後から、艶やかな声。
振り返った先にいたのは、紫髪の女。
細身の体に、毒を孕んだ微笑。
「それ、渡しなさい。お嬢ちゃん」
ミリア、ライガ、リリシアを見て、ヴィオラは目を細める。
「あら……どこかで見た顔だと思ったら……」
ゆっくりと舌なめずりをする。
「黒狼の牙の“敵” じゃない」
そして、楽しげに告げた。
「――かわい子ちゃんたち、み~っけ!」
神殿の空気が、凍りついた――。




