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Episode.25 海賊の島

航海を始めて、すでに十日が過ぎていた。

昼はどこまでも青い海、夜は星々が砕けたような空。

だが、景色の美しさとは裏腹に、船の上の空気は日に日に張り詰めていった。


「……もうすぐだな」


舵を握るキャプテン・グレイヴが、低く呟く。

その隣で海図を広げていたリィナが、小さく首を振った。


「“近い” けど、“辿り着ける” とは限らないわ」


ミリアが視線を向ける。


「やっぱり、難しいんだね。アトランティスに辿り着くのは」


「ああ」


グレイヴは顎鬚を撫でながら続けた。


「存在を知ってる船乗りはいる。

 だが、実際に辿り着いた者はほとんどいねぇ」


リィナが指を立てる。


「必要なものは二つ。

 一つは、すでに持ってる――酸素を供給する魔道具、

 《深海呼吸核(アクア・ブレス)》」


リリシアが胸元の魔道具を抱きしめる。


「これがなかったら、

 海の底なんて即お星様ですぅ……」


「でも、それだけじゃ足りない」


リィナは海図をくるりと畳んだ。


「もう一つは、“アトランティス近海の正確な海図”」


ゼインが口笛を吹く。


「へぇ……つまり、闇市場レベルの代物ってわけだ」


「その通り」


リィナは頷いた。


「アトランティスは、遠海から直接潜っても辿り着けない。

 近海まで船で行き、そこから“沈む” 必要があるの。

 遠くで潜ったら、酸素が持たない」


ライガが腕を組む。


「で、その海図はどこにある?」


リィナは即答した。


「“海賊が集まる島”『ガレオン・ベイ』――」


翌日。

水平線の向こうに、不気味な影が浮かび上がった。

無数の難破船の残骸が浅瀬に突き刺さり、

夜になれば灯台代わりの焚き火が焔の墓標の

ように揺れる島――"ガレオン・ベイ"。


「うわぁ……絶対に治安悪いですぅ……」


リリシアが半泣きになる。


「海賊どもが情報と酒と命を売買する島だ」


グレイヴが吐き捨てる。


「力か金か、どっちかがなきゃ生き残れねぇ」


上陸すると、視線が一斉に集まった。

武装した男、傷だらけの女、どこか狂気を孕んだ笑み。


「……空気が重いね」


ミリアが低く言う。


「任せて」


その時、リィナが一歩前に出た。


「ここは、交渉で切り抜ける」


彼女はランプを持って酒場へ向かい、迷いなく扉を開ける。

そして扉を入ってすぐの机にランプを置いた。

そのまま酒場の奥に進んでいき、カウンターに腰掛ける。

全員が値踏みするかのようにリィナを睨みつける。


「ねぇ、マスター。

 この島で一番“新しい海図” を持ってるのは誰?」


酒場が、静まり返った。

”新しい海図”それは海賊の世界では取引を持ちかける言葉だった。

マスターは一瞬だけリィナを見て、鼻で笑う。


「嬢ちゃん、命がいくつあっても足りねぇ質問だ」


「そう?」


「ああ、誰が取引をする?欲しいものがあれば奪えばいい。

 それが海賊だ」


「それは同感。でもやめたほうがいいわ」


リィナは懐から銃を引き抜いて入り口の机に置いたランプに銃口を向けた。


ズガァン――!!


ランプは爆発した。

あまりの威力に周囲の海賊たちは動揺する。


「これは私が開発した新型の銃。

 威力はご覧の通り。そして私は標的を決して外さない。

 誰か奪える?」


海賊たちの生唾を飲む音が聞こえた。


「じゃあ取引の話を始めるね」


リィナは懐から、小さな金属板を置いた。

それは、古いが本物の“沈没船の位置情報” だった。


「これは三年前、嵐で沈んだ交易船の座標。

 まだ誰にも知られてない」


周囲の空気が変わる。


「……続けろ」


誰かが言った。


「交換条件」


リィナは微笑んだ。


「何が欲しいんだ?」


「アトランティス近海の海図」


ざわめきが起こる。

数分後、奥の席から一人の老海賊が立ち上がった。


「嬢ちゃん、気に入った」


彼は羊皮紙を放る。


「これが“沈むための道” だ」


リィナは素早く広げ、目を走らせ――確信した。


「……本物ね」


酒場を出た瞬間、ライガが思わず言う。


「すげぇな。どうなるかと思ったぜ」


「情報は、力より価値がある時もあるの」


リィナは肩をすくめた。


「特に、奪い合う連中の中ではね」


ミリアは顎に手を当てる。


「それにしても、あなた銃も剣も使えなかったんじゃないの?」


リィナはニヤリと微笑み得意げに説明する。


「私が持っていたランプに火薬を仕込んでたのよ。

 導火線は酒場に入ってちょうど1分で起爆する長さ、

 酒場に入ってからランプを揺らしてランプの火で着火。

 会話の間を調整して1分経つ頃にランプに銃口を向ける。

 それから引き金を引くだけよ。もちろん銃は空砲よ」


ゼインが小声で呟く。


「……度胸も頭も、一級品だな」


ミリアは微笑む。


「頼もしいね、リィナ」


その夜。

船の甲板で、全員が海図を囲んだ。

そこには――

海底へと沈む“道” が、確かに描かれていた。


「次はいよいよ、アトランティスだね……」


ミリアが言う。

海は静かだった。

だがその奥には、まだ誰も知らない世界が待っている。

そして同時に――彼らを追う“影” も、また近づいていた。

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