Episode.24 同盟
甲板に夜風が吹き抜け、海賊船の帆が軋む音を立てていた。
倒れ伏す船員たちの間で、剣を杖代わりに立つ男――
キャプテン・グレイヴは、自らの喉元に銃口を向けていた。
「……これ以上、俺の船を汚す気はねぇ」
その声音には、敗者の恐怖よりも、
誇りを失うことへの拒絶が滲んでいた。
ミリアは一歩踏み出しかけて、唇を噛む。
この男が死ねば、船も航海術も失われる。
だが、無理に止めれば逆上するだけだ。
「……やめて。
命はそんなに軽いものじゃない」
「奪われ、使い潰されるくらいなら、俺はここで終わる!」
その時だった。
「――へぇ。ずいぶん都合のいい覚悟だな、キャプテン」
乾いた声で、ゼインが一歩前に出る。
ミリアが振り返ると、彼はいつもの不敵な笑みを浮かべていたが、
その目は冷静に相手を射抜いていた。
「なにを言う……」
「簡単な話さ」
ゼインは肩をすくめる。
「自分は立派に死ぬ。
でも残された船員は? この船は? ……それと」
ゼインは一瞬、視線を船室の方へ向けた。
「娘は、どうなる?」
その言葉に、グレイヴの指が僅かに震えた。
「……なぜ、それを」
「港で聞いた噂だよ。
『キャプテン・グレイヴには、もうすぐ二十になる娘がいる。
剣も銃も使えねぇが、頭だけは切れる』 ってな」
「……っ」
沈黙が落ちる。
銃口が、わずかに下がった。
ゼインは畳みかけるように言葉を続ける。
「ここであんたが死んだら、その娘はどうなる?
“海賊の娘” って札を下げて、どこへ行く?
あんたの誇りを継ぐ前に、踏みにじられて終わりだ」
「黙れ……!」
「黙らねぇよ。賭けだろ、これは」
ゼインは一歩近づく。
「命を捨てて終わるか、
それとも――生きて、取り戻すか」
グレイヴの歯が、ぎり、と鳴った。
「……俺は、誰かの犬になる気はねぇ」
「ならなくていい」
ゼインは即答した。
そして彼は指を一本立てる。
「利害の話をしようぜ、キャプテン・グレイヴ」
「俺たちは利害が一致した“同盟” だ。あんたは船と航海術を出す。
俺たちは、あんたの船を沈めない。奪わない。使い捨てにもしない」
「……信用できると?」
「できないだろうな」
ゼインは笑った。
「だからこそ、条件を出せ」
しばしの沈黙の後――
船室の扉が、軋む音を立てて開いた。
「……お父さん」
現れたのは、長い金髪を一つに束ねた若い女性だった。
年の頃は二十前後。
荒事に慣れていないが、目の奥には強い意志が宿っている。
「リィナ……なぜ出てきた」
「外がうるさかったから」
彼女はミリアたちを一瞥し、静かに言った。
「……この人たち、敵なの?」
グレイヴは答えられなかった。
リィナは父の手元の銃を見て、察したように息を呑む。
「……また、全部投げ出すつもり?」
「……!」
「お父さんは、いつもそう」
彼女の声は震えていたが、はっきりしていた。
「誇りとか、覚悟とか言って……
でも、私は置いていくんだね?」
グレイヴの手から、銃が落ちた。
「……リィナ」
ゼインは一歩下がり、舞台を譲るように言った。
「ほらな。あんたが守りたいものは、まだ生きてる」
しばらくして、グレイヴは深く息を吐いた。
「……条件だ」
彼は顔を上げ、ミリアたちを見る。
「俺の船は俺が指揮してお前たちの目的地まで連れて行く。
娘や乗組員には手を出すな。
それと――この旅が終わったら、俺たちは自由だ」
ミリアは一瞬ゼインを見て、頷いた。
「約束する。私たちは“仲間” を使い捨てにしない」
ライガとリリシアが甲板に合流する。
「話はまとまったみたいだな」
「……なんか嫌な予感しますぅ~」
ゼインは振り返り、にやりと笑った。
「よし。じゃあ賭けは成立だな――」
こうして――
剣士、武闘家、泣き虫魔導士、ギャンブラー、そして海賊。
利害で結ばれた即席の同盟は、夜明けの海へと船を出した。
海底神殿のアトランティスへ。
そして、人魚の涙を求めて――。




