Episode.21 盗賊団の首領
地下深く――
湿った岩壁に囲まれた広間には、魔導灯の不気味な光が揺れていた。
空気は重く、血と鉄の匂いが染みついている。
「お頭~! お頭~っ!」
甲高い声が空間に響く。
慌てた様子で駆け込んできたのは、
息を切らした下っ端の盗賊だった。
「……なんだ、騒々しい」
玉座のように作られた石の椅子に腰掛ける男――
白みがかった銀色の髪を後ろにかき上げ、
無駄のないシルエットが、冷徹さや知的な雰囲気を醸し出す。
"黒狼の牙"、そのお頭は低く唸るように呟いた。
鋭い眼光が、獲物を見据える狼のそれと重なる。
「どうした。 まさか……
エルフの件、失敗したんじゃねぇだろうな?」
その一言に、下っ端の顔色が一気に青ざめる。
「す、すいやせん……お頭……!
いえ、その……途中までは上手くいってたんですが……」
歯切れの悪い返答に、空気が凍りつく。
「言え」
短く、それだけ。
だが、その声には逆らえない圧があった。
「俺たちの邪魔をした連中がいやして……!
そいつらが……とんでもなく、強ぇんです!」
堰を切ったように、下っ端は一気にまくし立てる。
「こっちが何もできねぇうちに仲間がやられて……!」
お頭は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……そうか」
低い声。
だが、その静けさこそが、怒りの証だった。
「俺たち”黒狼の牙”の仕事を邪魔するとは……
随分と舐められたもんだなぁ」
下っ端は思わず膝をつく。
「お、お頭……!
そいつらの手がかりは、ちゃんとあります!」
「……ほう?」
「エルフを売り払うために、写し絵の魔道具を持ってたんです!
これで、連中の姿を……!」
震える手で差し出された魔道具。
起動すると、空中に光の像が浮かび上がる。
ミリア。
ライガ。
リリシア。
三人の姿が、鮮明に映し出された。
「……なんだぁ?こりゃ」
お頭は鼻で笑う。
「ガキばっかじゃねぇか」
「み、見た目に騙されちゃいけません!
あいつら……本当にヤバいんです!」
必死な忠告にも、お頭は動じない。
「……まぁいい」
そう言って、像を見据えたまま命じる。
「その写し絵、複製して団員全員に回せ。
――見つけ次第、始末しろ」
下っ端は、ほっとしたように、
しかし恐怖に満ちた声で答える。
「へ、へいっ!」
「それと……」
お頭は続けた。
「幹部を、全員集めろ」
「……っ! 了解です!」
下っ端は深々と頭を下げ、部屋を飛び出していった。
――しばらくして。
広間には、黒狼の牙を支える幹部たちが集結していた。
「お頭~!
やっと呼んでくれたのねぇ」
紫の長髪をかき上げ、艶やかに微笑む女。
その瞳には、毒と欲望が宿っている。
「急に呼び出して悪かったな」
お頭は淡々と言う。
「全員招集なんて、久しぶりじゃねぇか?」
金髪のツンツン頭の男が、愉快そうに肩をすくめる。
「ボク、結構忙しいんだけどなぁ……」
忍者装束の女が、露骨に面倒くさそうな顔をした。
「……」
フードを深く被った男は、何も言わない。
ただ、その存在だけで周囲の空気が張り詰める。
「まぁ、そう言うな」
お頭は幹部たちを見渡し、口を開く。
「話は二つある」
一同の視線が集まる。
「まず一つ。この写し絵の連中を覚えとけ」
再び、ミリアたちの像が空中に浮かぶ。
「俺たちの邪魔をする不届き者だ。
――見つけ次第、始末しろ」
「なにこの子たち~! 可愛いじゃない?
……いじめがいがありそうで…たくさん泣いてくれそうだわ」
紫髪の女が、楽しそうに笑う。
「……!?ククッ……こいつは面白ぇことになってるなぁ」
金髪の男が舌なめずりする。
「はぁ……めんどくさ……」
忍者の女は、ため息をついた。
「……」
フードの男は、無言のまま像を見つめている。
「そして、二つ目だ」
お頭の声が、低く響いた。
「――『人魚の涙』を取ってこい」
その言葉に、幹部たちの表情が変わる。
「それは……?」
「俺たちの野望のために、どうしても必要になる」
沈黙を破ったのは、紫髪の女だった。
「……ふふ」
一歩前に出て、胸に手を当てる。
「それなら、私が行くわ……。
この中ではいちばん適任でしょう?」
自信に満ちた微笑。
お頭は、少しだけ口元を歪めた。
「お前が行ってくれるなら安心だな」
そして、はっきりと告げる。
「頼んだぞ、ヴィオラ」
「お任せを……」
妖艶に笑うヴィオラの瞳の奥には、獲物を狙う蛇の光が宿っていた。
こうして――
ミリアたちが向かう未来の道筋に、確実に、黒狼の牙の影が忍び寄る。
狩る者と、狩られる者。
運命は、静かに、しかし確実に交錯し始めていた。




