Episode.20 狂乱の賭博師
ヴァルディオラ最大のカジノは、夜になるにつれてさらに熱を帯びていた。
ルーレットの回転音、カードが切られる乾いた音、
勝者の歓声と敗者の呻き声が混ざり合い、空気そのものが歪んでいるかのようだ。
「いいか、まずは“欲張らねぇ”って顔をしろ」
テーブルに着く前、ゼインはミリアたちに小声で言った。
その目はふざけた笑みを浮かべているが、奥は異様なほど鋭い。
「ギャンブルはな、運も絡むが、人間がどう動くかを読む遊びだ」
最初に座ったのはカード卓だった。
対面には、いかにも場慣れした貴族風の男と、無表情なディーラー。
ゼインは椅子にだらしなく腰掛け、開始前からあくびをかます。
「……やる気あんのか?」
貴族が鼻で笑う。
「ねぇよ。今日はツイてねぇ気がする」
ゼインはチップを雑に置いた。
――その瞬間、ミリアは気づいた。
ゼインは“弱者の顔”を完璧に演じている。
最初の数戦、ゼインはわざと負けた。
しかも、中途半端に。
「うわ、惜しいな〜」
「あー、読み違えたわ」
そんな独り言を繰り返し、相手に“勝てる”という錯覚を与える。
ライガが小声で言う。
「……本当に大丈夫なのか、あいつ」
「大丈夫…だと思う……」
ミリアはゼインの指先を見ていた。
――一切、迷いがない。
五戦目。貴族の呼吸がわずかに速くなった。
勝てると思い始めた人間の癖だ。
(……頃合いだな)
ゼインは突然、姿勢を正した。
チップを山のように積み上げる。
「全部いくぜ」
場がざわつく。
「正気か?」
貴族の声が震えた。
「正気じゃねぇから“クレイジー”って呼ばれてんだ」
カードが配られる。沈黙。
ゼインは一切カードを見ない。
「見ないのか?」
と貴族の男。
「必要ねぇ。――あんた、さっきから指が震えてるぜ?」
貴族が息を呑む。
「強い手を持ってる時、人は無意識に“守る動作”をする。
さっきは左手を隠してた。今は……強く見せようとしてるだけだ」
ゼインはにやりと笑った。
「チェックメイトだぜ?」
カードが開かれる。ゼインの勝利。
一気に流れが変わった。
その後のゼインは、まさに狂気だった。
突然笑い出したかと思えば、無意味にチップを投げ、
次の瞬間には全財産を一点に賭ける。
「うひゃひゃ! 外れたら首でも吊ってやらぁ!」
相手は完全に混乱していた。
冷静さを失い、判断を誤り続ける。
結果――ゼインの前には、チップの山が築かれていた。
「相当、稼いだね……」
ミリアが呟く。
「まだだ」
ゼインは立ち上がる。
「目的は金じゃねぇ」
四人は景品カウンターへ向かった。
そこに並ぶのは、宝石、希少武器、禁書、魔道具――そして。
「……あれだ」
ゼインが指差した先にあったのは、青白い光を宿す小さな球体。
内部で水が循環しているかのように揺れている。
《深海呼吸核》
――水中でも酸素供給を可能にする魔道具。
「これが……」
ミリアの声が震えた。
交換手続きを終え、ゼインはそれを手に取ると、
無造作にミリアへ差し出そうとした。
「ほらよ――」
だが、途中で止める。
「……と言いたいところだが、条件がある」
ミリアは真っ直ぐゼインを見る。
「条件?」
「俺を連れて行け」
一瞬、沈黙。
「お前らの旅だ。ザンガだの、海底だの、命懸けだろ?」
ゼインは肩をすくめる。
「どうせなら、最後まで賭けてみたい。自分の命をな」
ライガは腕を組み、
「俺はミリアが決めていいと思うぜ」
リリシアも小さく頷く。
「……ミリアさんが決めるなら」
ミリアは少しだけ目を伏せ、そして、ゼインを見た。
「……わかった。ゼイン、あなたを仲間として迎える」
ゼインは歯を見せて笑った。
「交渉成立だな」
その瞬間。
「やっぱなんか嫌ですぅ〜〜!!」
リリシアがミリアの背中にしがみつく。
「この人、絶対ロクな死に方しませんよぉ〜!」
「失礼な!」
ゼインが大笑いする。
金と狂気の街で結ばれた、新たな契約。
こうして、賭博師ゼイン・ヴァロウズは――
世界の命運を賭けた旅へと足を踏み入れた。




