Episode.18 野営の団欒
エルフの森に、朝の澄んだ空気が満ちていた。
高く伸びる世界樹の枝葉の隙間から差し込む光が、
木々の上に作られた集落を柔らかく照らしている。
長老の家の前で、ミリアたちは改めて礼を受けていた。
「この度は......里の娘を無事に連れ戻してくれて、
心から感謝する」
深く頭を下げる長老に、ミリアは慌てて首を振る。
「いえ、当然のことをしただけです。
助けられてよかった」
エルフの娘はまだ不安そうではあったが、
仲間に囲まれながら確かに生きていた。
その姿を見て、リリシアはほっとしたように胸をなで下ろしている。
一通りの感謝が終わったあと、ミリアは本題を切り出した。
「長老。私たちはエリクサーを作るために旅をしています。
世界樹の葉は、あなたのおかげで手に入りました。
次は......天空神殿の“神水”か、
海底の“人魚の涙”を探そうと思っています」
長老は顎に手を当て、静かに頷いた。
「ふむ......天空神殿も容易ではないが、
海底の神殿“アトランティス”は、なおさらじゃ」
「やっぱり、簡単には行けないですよね......」
「うむ。海底では人は呼吸すらできぬ。
酸素を保存する特殊な魔道具がなければ、到達は不可能じゃ」
ライガは目を見開いた。
「へぇ......そんな魔道具なんてあるのか。
そりゃまあ、海の底だもんな」
「かなりレアですよぉ~......」
リリシアは肩をすくめながら、
明らかに気圧された様子だ。
「普通の店じゃまず手に入りませんし、
値段もとんでもないはずですぅ......」
長老は少し考え込み、やがて言った。
「森を抜けて南へ進めば、賭博で有名な街がある。
そこでカジノの景品として、奇妙な魔道具が出回っている......
という噂は聞いたことがある」
「賭博、ですか」
「真偽は定かではない。だが、情報を集める価値はあるじゃろう」
ミリアは仲間を見回し、小さく頷いた。
「......とりあえず、そこを目指しましょう。
情報収集も兼ねて」
ライガはにっと笑う。
「賭け事の街か。面倒そうだが、行き先が決まったなら文句はねぇ」
「わ、私はギャンブルとか無理ですぅ......」
リリシアは早くも青ざめていたが、拒否はしなかった。
こうして目的地を定めた三人は、エルフたちに見送られながら里を後にした。
木々の間から聞こえる祝福の歌声が、森の奥へと消えていく。
その夜、森の中で野営することになった。
焚き火のぱちぱちという音が、静かな夜気に溶け込む。
星空は世界樹の枝葉に遮られながらも、ところどころで瞬いていた。
いつもなら周囲を警戒して縮こまっているリリシアが、
その夜は珍しく焚き火の近くに座っていた。
表情も、どこか柔らかい。
それに気づいたミリアが声をかける。
「リリシア。今日は......なんだか落ち着いているね。
何か、いいことでもあった?」
リリシアは一瞬きょとんとし、
それからえへへ、と照れたように笑った。
「......私、嬉しいんですぅ。この旅が、できてることが」
ミリアとライガは、何も言わずに続きを待った。
「ザンガに故郷を滅ぼされて......
お父さんとお母さんも、殺されて......
街から逃げ出してからは、毎日が地獄でしたぁ」
焚き火の火が揺れ、リリシアの影が大きく伸びる。
「お金もなくて、誰も信用できなくて......
どこに行けばいいかも、何をすればいいかも、
わかりませんでしたぁ」
声が、少し震えた。
「もう......いっそ、お父さんとお母さんのところに行こうって、
思ったこともありますぅ。
でも......死ぬのも、怖くて......結局、何もできなくて......」
ミリアは唇を噛み、ライガは静かに拳を握った。
「そんな時に......ミリアさんとライガさんに、出会いましたぁ」
リリシアは顔を上げ、二人を見た。
「ザンガを倒す旅なんて、
正気じゃないって思いましたけど......
でも......なんだかんだ、楽しい旅になってますねぇ~」
「あっ、今のところは、ですけどねぇ~」
そう言って、えへへと笑う。
ミリアも、ライガも、自然と微笑んでいた。
「私......ほんとに......
生きてて、よかったでずぅ......」
次の瞬間、リリシアは堰を切ったように泣き出した。
「わぁぁぁぁん......!」
ミリアはそっと隣に座り、背中を撫でる。
「......よかったね。ここまで、よく頑張った」
ライガも照れくさそうに頭を掻きながら言った。
「まぁ......まだ旅は続くけどな。
泣くのは、もう少し先でもいいだろ」
「うぅ......ひどいですぅ......」
そう言いながらも、リリシアは二人のそばから離れなかった。
やがて涙も落ち着き、三人は他愛もない話をしながら夜を明かした。
焚き火が静かに燃え尽きる頃、それぞれの胸に、確かな“居場所”が灯っていた。




