Episode.103 作戦会議
帝国騎士団本部――大会議室。
そこには先ほどまでの団長室とはまるで異なる、肌を刺すような緊張が漂っていた。
中央には巨大な長机。
その上には帝国領周辺の地図をはじめ、黒狼の牙に関する資料、構成員の似顔絵、これまでに確認された襲撃地点などが所狭しと並べられている。
そして、その机を取り囲んでいる者たちもまた、帝国騎士団の中核を担う者ばかりだった。
近衛騎士部隊、特攻騎兵部隊、独立遊撃部隊、魔法騎士部隊。
各部隊を率いる隊長格が、一堂に会している。
先ほどミリアの一撃を受けて立ったまま気絶した、近衛騎士部隊装甲隊長――ガレッタの姿もあった。
「…………」
ガレッタは何事もなかったような顔で腕を組んでいる。
その横顔をリリシアがちらちらと見ていた。
「……なんだ」
「い、いえですぅ」
「言いたいことがあるなら言え」
「もう起きて大丈夫なんですかぁ?」
「問題ない……」
「立ったまま気絶してたのにですぅ?」
「……問題ない」
ほんの少しだけ声が低くなった。
「リリシア」
ミリアが小声で止める。
「その話はもうやめてあげよう?」
「はいですぅ……」
ガレッタが静かに咳払いした。
どうやら本人なりに気にしているらしい。
やがて――。
「――全員、揃ったな」
ギルバートが立ち上がった。
その一言だけで、空気が変わる。
先ほどまで僅かに残っていた私語が完全に消え、隊長たちの視線が騎士団長へ集中した。
ギルバートの隣には副団長シャルロット。
そして少し離れた場所に、ミリア、ライガ、リリシア、ゼインが座っている。
「これより――黒狼の牙討伐作戦について軍議を行う」
誰も言葉を発さない。
「既に知っている者も多いだろうが、黒狼の牙が各地へ設置している魔物結晶について、看過できない情報が入った」
ギルバートは前回ミリアたちへ説明した内容を、隊長たちにも簡潔に伝えていく。
魔物結晶、大元となる中枢結晶。
そして、それを破壊することで世界各地の結晶が連鎖的に起動する危険性。
説明が進むにつれ、隊長たちの顔から余裕が消えていった。
「我々の目的は二つ」
ギルバートが地図の一点を指す。
「大元の魔物結晶の確保。そして――」
指先が強く地図を叩いた。
「黒狼の牙の戦力を、可能な限り削る」
「可能な限り?」
特攻騎兵部隊の隊長が尋ねる。
「殲滅ではないのですか」
「理想はな」
ギルバートは即答した。
「だが、ガルフ・ガルシアを筆頭に奴らの戦力は未知数だ。初手から全戦力を投入し、失敗すれば帝国騎士団そのものが再び壊滅しかねん」
その言葉に一瞬だけ、室内の空気が重くなる。
――"再び"。
誰もが、その意味を知っていた。
「だから今回は段階を踏む」
ギルバートは構わず続けた。
「第一段階――幹部の分断」
そして。
「第二段階――各個撃破だ」
ライガの口元が僅かに上がる。
「分かりやすくていいじゃねぇか」
「お前は殴れる話になると嬉しそうだな」
ゼインが呆れる。
「で、どこを襲う?」
ギルバートの指が、地図の西側へ移動した。
山岳地帯――その谷間に記された、一つの古い要塞。
「――落日の砦」
シャルロットの表情が僅かに硬くなる。
周囲の帝国騎士たちも同じだった。
ミリアはその変化に気付いた。
「……何かある場所なの?」
ギルバートが地図を見つめる。
「先ほど話しただろう」
低い声。
「先代帝国騎士団が――黒狼の牙に敗れた場所だ」
「……!」
ミリアの表情が変わった。
「そこが……」
「ああ」
ガルム・クランゼル。
クラリス・リアンダー。
二人が命を落とし、無敗を誇った帝国騎士団が初めて敗北を喫した場所。
「現在、その砦は黒狼の牙によって再利用されている」
ギルバートの声に、微かな怒りが混じる。
「我々にとっては、因縁の地というわけだ」
「ちょっと待って」
ミリアが手を挙げた。
「黒狼の牙の本拠地って、ダグダートの地下じゃないの?」
かつて自分たちが囚われた場所。
忘れるはずがない。
「間違いではない」
シャルロットが答える。
「ダグダート地下は奴らの最大規模の拠点の一つだ。だが、黒狼の牙は世界各地に複数の拠点を持っている」
「つまり……」
「落日の砦もその一つだ」
ギルバートが続ける。
「そして我々の情報では、現在ガルフを含む複数の幹部がこの砦へ集まっている」
「……なるほど」
ゼインが腕を組む。
「叩くなら今ってわけか」
「そういうことだ」
ギルバートは全員を見渡した。
「問題は――どう分断するかだ……」
「魔法部隊による先制攻撃はいかがでしょう」
最初に提案したのは、魔法騎士部隊の隊長だった。
「砦の周囲へ部隊を展開し、合図と同時に大規模攻撃魔法を叩き込みます。混乱に乗じて各部隊が侵入すれば――」
「やめといた方がいい」
声を挟んだのはゼインだった。
帝国騎士たちの視線が一斉に集まる。
だが、ゼインは気にする様子もなく椅子へ深く腰掛けている。
「理由を聞こう」
ギルバートが促した。
「簡単な話だ」
ゼインは机の上に置かれた魔物結晶の資料を指で叩いた。
「俺たちが一番壊しちゃいけない物は何だ?」
「……大元の魔物結晶」
ミリアが答える。
「正解」
ゼインは魔法騎士部隊長を見る。
「その大規模魔法とやらで砦ごと吹き飛ばして、中にある大元まで割っちまったら?」
「……!」
「その瞬間に世界中で魔物がご登場だ」
会議室が静まり返る。
「結晶がどこにあるのか分かってねぇ以上、いきなり派手にぶっ放すのは避けた方がいい」
「……確かにな」
ギルバートが頷く。
そして、少し感心したようにゼインを見る。
「冷静だな」
「怖がりなだけだよ」
「そういうことにしておこう」
ギルバートは机へ両手をついた。
「ゼインだけではない。意見がある者は遠慮なく言え。階級も所属も関係ない」
その言葉を受け、ゼインは少し考える。
「だったら――」
地図を見る。
「まず少人数で入る」
「潜入か」
「ああ」
指で砦を示す。
「欲しい情報は四つ」
一つ。
「大元の魔物結晶の位置」
二つ。
「ガルフと幹部たちがいる場所」
三つ。
「砦内部の構造」
そして四つ。
「見張りの配置と巡回経路」
ゼインが顔を上げる。
「戦争するなら、まず敵の目と耳と心臓がどこにあるのか知らねぇと話にならない」
ギルバートが笑う。
「ますます帝国騎士団に欲しくなったな」
「だから入らねぇって」
「残念だ」
「兄上」
シャルロットが睨む。
「今は勧誘している場合じゃないでしょう」
「分かっている」
「絶対分かってないですぅ……」
リリシアが小声で呟いた。
「では、潜入する者を決める」
シャルロットが隊長たちを見る。
「人数は多すぎれば発見される危険が増す。四、五名程度が妥当だろう」
「俺は行く」
ゼインが言った。
「言い出した俺が外れるわけにもいかねぇだろ」
「私も行く」
ミリアも即答した。
「黒狼の牙とは何度も戦ってる。何か見つけた時に判断できると思う」
「なら私も行こう」
シャルロットが続く。
その時、部屋の奥から軽い声が上がった。
「じゃ、自分も行くっス」
ミリアが振り返る。
そこにいたのは、細身の青年騎士だった。
他の帝国騎士たちと比べて軽装で、腰には細身の剣。
どこか飄々とした笑みを浮かべている。
「近衛騎士部隊剣閃隊長――レイヴァンっス」
軽く手を挙げる。
「潜入とか偵察なら、重たい連中より自分向きっスよ」
「軽いなぁ……」
ミリアが呟く。
「よく言われるっス」
そして。
「この辺が妥当だな……」
ゼインが呟き、潜入班が決まった。
ゼイン、ミリア、シャルロット、レイヴァン。
「俺は?」
ライガが尋ねる。
「留守番だ」
「はぁ!?」
「私もですかぁ?」
「お前もだ」
「なんでですぅ!?」
ゼインが二人を見る。
「うるせぇから」
「ふざけんな!」
「ひどいですぅ!」
二人の声が同時に響く。
ゼインは無表情でギルバートを見る。
「な?」
「……納得した」
「納得すんな!」
「ですぅ!」
会議室に僅かな笑いが起こる。
「潜入班の目的は戦闘ではない」
ギルバートが空気を戻した。
「情報収集のみだ。内部を確認した後、一度本隊に戻り、得た情報を全隊へ共有する」
そして四人を見る。
「最優先事項は――絶対に発見されないこと」
ミリアは頷いた。
「分かった」
「では次だ」
ギルバートが地図へ視線を戻す。
「潜入が成功したとして――問題は幹部をどう引き離すか」
会議は次の議題へと移っていく――。




