Episode.102 因縁
ライガが険しい表情で腕を組む。
「けどよぉ……」
「なんだ?」
「そこまで分かってんなら、先に各地の結晶を見つけて壊して、魔物ぶっ潰して回ればいいんじゃねぇか?」
「もちろん発見したものは回収する。だが、それだけでは追いつかん。召喚される魔物はどれも強力だ。騎士団の隊長格でないと討伐は難しいだろう……」
設置場所が分からない。
総数も分からない。
そして一つ回収している間にも、新たな結晶が別の場所へ運ばれる可能性がある。
「枝を一本ずつ切っていても、根が残っていれば増え続ける」
シャルロットが言う。
「だから――根を断つしかない」
「ガルフを……」
ミリアが呟く。
「ああ」
ギルバートの眼差しが鋭くなる。
「最悪、奴を倒せなかったとしても、大元の結晶は必ず確保しなければならない」
しばらく沈黙した後。
ミリアは尋ねた。
「……その情報、本当に信用できるの?」
ギルバートはミリアを見る。
「世界中に結晶を置いてることも、大元の結晶の仕組みも。黒狼の牙にとっては絶対に知られたくない情報のはずでしょ?」
「もっともな疑問だ」
「どこから手に入れたの?」
「先日、帝国領内で活動していた黒狼の牙の一隊を捕らえた」
ギルバートは淡々と答える。
「その中に部隊長格の男がいた」
ゼインが察したように目を細めた。
「……そいつから吐かせたか」
「ああ」
「素直に?」
「まさか」
ギルバートの答えは短かった。
「必要な尋問を行った。複数の情報とも照合している。少なくとも、全てが作り話という可能性は低いと判断している」
「なるほどねぇ」
ゼインはそれ以上聞かなかった。
だがミリアには、まだ疑問が残っていた。
「でも……」
眉を寄せる。
「部隊長が捕まったなら、黒狼の牙にも情報が漏れた可能性があるよね?」
「当然だ」
「だったらガルフは計画を変更するんじゃ……」
「普通ならな」
ギルバートは薄く笑った。
しかし、その笑みに愉快さはなかった。
「奴が普通の男なら、我々もそう考える」
「……どういう意味?」
「ガルフ・ガルシアは――情報が漏れたところで構わないと思っている可能性が高い」
「え?」
「自分を止められる者などいない」
ギルバートの声が低くなる。
「帝国騎士団が計画を知ろうが、世界中の騎士や冒険者が集まろうが――最後には自分が勝つ」
シャルロットが拳を握る。
「……あの男なら、そう考えていても不思議ではないだろうな」
ミリアはガルフの姿を思い出す。
風の丘にて、自分を前にしてもライガを前にしても、まるで恐れていなかった。
あれは虚勢ではない。
本当に――自分が負ける未来など考えていない目だった。
「…………」
ミリアは剣の柄へ触れた。
想像していた以上だった。
黒狼の牙が危険な集団であることは知っていた。
何度も戦ってきた。
カイル、ヴィオラ、アヤメ、バラン。
誰もが恐ろしいほどの実力者だった。
それでも自分たちはまだ、黒狼の牙という組織の全貌を見ていなかったのかもしれない。
「だから戦力を集めてるんだね」
ミリアが言う。
「ああ」
ギルバートは頷く。
「ガルフだけではない。ヴィオラ、アヤメ、カイル、バラン――奴の下には一騎当千の幹部が揃っている。加えて、名の知られていない曲者もまだいる」
ギルバートがミリアたちを見る。
「それに対抗するため、こちらも戦力を補強している」
そして少しだけ残念そうに息を吐いた。
「だからこそ、お前たちが帝国騎士団へ加われば心強かったのだがな……」
「……ごめんなさい」
「いや、先ほどの理由を聞いた以上、無理強いするつもりはない」
「でも」
ミリアが続ける。
「騎士団には入れないけど――黒狼の牙と戦うなら、話は別」
「……何?」
ギルバートが目を細める。
ミリアは真っ直ぐ彼を見る。
「私たちも協力する」
「えええええっ!?」
真っ先に悲鳴を上げたのはリリシアだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいですぅ!」
「リリシア?」
「また黒狼の牙と戦うんですかぁ!?」
リリシアは今にも泣きそうな顔で指を折り始める。
「ヴィオラさんには殺されそうになりましたしぃ! カイルさんにもボコボコにされましたしぃ! アヤメさんも怖かったですしぃ! バランさんなんて爆発するしぃ!」
「最後だけ説明がおかしいぞ」
ライガが突っ込む。
「だって本当に爆発するじゃないですかぁ!」
「それはそうだけど」
ミリアは苦笑した。
それから、リリシアの前へしゃがむ。
「でもね、リリシア」
「うぅ……」
「私たち、もう黒狼の牙に狙われてるの」
「…………あ」
「逃げたって、向こうが放っておいてくれる保証はない」
風の丘でガルフと再会した。
バランとも戦った。
ライガに至っては、実の兄が幹部にいる。
黒狼の牙との因縁は、既に深すぎるところまで来ていた。
「だったらさ……」
ミリアは笑う。
「帝国騎士団っていう心強い味方がいる時に、一緒に叩いた方がいいと思わない?」
「うぅ~……」
リリシアはしばらく唸った。
そして――。
「……絶対に無茶しないでくださいですぅ」
「それ、リリシアもね」
「わたしは無茶しませんですぅ!」
「お前は転ぶから別の意味で心配なんだよ」
「ライガさん!」
重かった空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
ギルバートはそんな四人を見つめ――。
「感謝する」
深く頭を下げた。
ミリアが驚く。
「ギルバート?」
「帝国騎士団長として。そして――ガルフに両親を奪われた一人の人間として」
顔を上げる。
「お前たちとの共闘、心強く思う」
「……うん」
ミリアも頷いた。
「こっちこそ」
ギルバートはすぐに騎士団長の顔へ戻る。
「ならば、のんびりしている暇はないな」
「もう動くの?」
「当然だ」
執務机の上に広げられていた資料をまとめる。
「黒狼の牙が大元の結晶をいつ破壊するつもりなのか分からん。明日かもしれん。一月後かもしれん。だが――」
鋭い眼差し。
「奴らが動く前に、こちらから潰す」
ギルバートはシャルロットを見る。
「シャル」
「ああ」
「各部隊長を会議室へ招集しろ」
シャルロットの表情が、一瞬で副団長のものへ変わる。
「全員か?」
「動ける者は全員だ。近衛、遊撃、魔法部隊――各隊の責任者を集めろ」
「承知した」
踵を返す。
「それと……」
ギルバートが呼び止めた。
シャルロットが振り返る。
「黒狼の牙に関する資料を全て会議室へ運ばせろ。確認されている拠点、構成員、魔物結晶の発見地点――全部だ」
「……本格的に始めるんだな」
「ああ」
ギルバートは迷いなく答えた。
「今度はこちらから――黒狼の喉笛を噛み切る」
「了解」
シャルロットは扉を開け、足早に廊下へ消えていった。
その背中を見送った後、ギルバートはミリアたちへ向き直る。
「お前たちも来い」
「私たちも?」
「共闘する以上、情報は共有するべきだ」
団長室の扉へ向かう。
「これより――黒狼の牙討伐作戦会議を行う」
ミリアは一瞬だけ仲間たちを見る。
ライガ、リリシア、ゼイン。
三人とも、それぞれの表情で頷いた。
天空神殿を発った時には、ただ王都へ戻るだけのはずだった。
それが今――帝国騎士団と共に、世界最強の盗賊団へ戦いを挑もうとしている。
そして、その中心には――ガルフ・ガルシア。
無敗の帝国を、たった一度の戦いで地に落とした男。
さらに今、世界そのものを巻き込む計画を進めている。
ミリアは腰の剣を強く握った。
(ガルフ……)
風の丘で交わした言葉が蘇る。
――世界を絶望させる。
あの時は、その言葉の意味が分からなかった。
けれど今ならその片鱗だけは見える。
(これが……あなたの言ってたことなの?)
答えはまだ分からない。
ならば確かめるしかない。
ミリアは仲間たちと共に、団長室を後にした。
向かう先は――帝国騎士団大会議室。
そこでこれから、黒狼の牙を討つための戦いが、動き始める。




