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Episode.99 帝国の誘い

「――そこまでだ」


低い声が響いた。

二人の動きが止まる。


「兄上?」


ギルバートだった。

腕を組んだまま、二人を見ている。


「なぜ止める」


「周りを見ろ」


「……?」


ミリアとシャルロットが辺りを見る。


「…………あ」


演習場には無数の亀裂。

飛龍の翼太刀で切断された石柱。

亜切屠の衝撃で抉れた地面。

牙嵐によって傷だらけになった訓練用の設備。

そして、帝国騎士たちがものすごく嫌そうな顔で惨状を見ていた。

ギルバートが真顔で言う。


「これ以上やったら演習場がなくなる」


「兄上がそれを言うのか!?」


シャルロットが思わず叫んだ。


「さっき壊れたら直せばいいと言ったはずだ!」


「気が変わった」


「ふざけるな!」


演習場に笑い声が起こった。

張り詰めていた空気が、一気に緩む。

ミリアも剣を下ろした。

シャルロットも不満そうにしながら双剣を鞘へ戻す。

結局――二人の勝負に、決着はつかなかった。

だが、シャルロットはミリアの実力を知った。

ミリアもまた、帝国騎士団の頂点近くに立つ者の強さを知った。


「シャルロット」


ミリアが手を差し出す。


「すごく強かった」


シャルロットはその手を見る。

やがて、しっかりと握り返した。


「それはこちらの台詞だ」


僅かに笑う。


「次は最後までやろう」


「うん」


「いや、やらなくていい」


ギルバートが即座に割り込む。


「兄上は黙っていろ!」


再び笑いが起こった。

そんな中、ギルバートはミリアをじっと見ていた。

龍殺しの英雄。

光属性。

見たことのない剣技。

副団長シャルロットと渡り合う実力。

何より――まだ底を見せていない。

ギルバートの口元が、ゆっくりと吊り上がった。


「……気に入った」


「え?」


ミリアが振り返る。


「ミリア・ハワード」


ギルバートは踵を返した。


「ついて来い」


「どこへ?」


「帝国騎士団本部だ」


◆◆◆


帝都ラドムの中心部。

巨大な城塞を思わせる建物が、帝国騎士団の本拠地だった。

華美な装飾はほとんどない。

石と鉄。

実用性だけを追求した無骨な造り。

広大な訓練場では数百人もの騎士たちが剣を振り、建物の中に入ってからも至るところで武具を手入れする騎士や、地図を囲んで議論する者たちの姿があった。


「うわぁ~……」


リリシアがきょろきょろと辺りを見回す。


「本当に騎士さんだらけですぅ~」


「騎士団本部だからな」


ゼインが淡々と返す。


「俺、ここ好きだわ」


ライガだけは明らかに楽しそうだった。


「お前、帝都に住めば?」


「それも悪くねぇな」


「ダメですぅ! 旅が終わっちゃいますぅ!」


そんな会話をしながら、一行はギルバートに案内されて建物の上階へ進んでいく。

やがて――。


「入れ」


通されたのは、団長室だった。

大きな執務机。

壁一面に並べられた武器。

帝国全土を描いた巨大な地図。

そして窓の向こうには、帝都ラドムの街並みが広がっている。

ギルバートは執務机の向こうへ座った。

シャルロットはその横に立つ。

ミリアたちは向かい側の長椅子へ腰掛けた。


「それで……」


ミリアが尋ねる。


「私たちをここへ連れてきた理由は?」


「簡単だ」


ギルバートは指を組み、机の上へ肘を置いた。

その目は真っ直ぐミリアを見ている。


「ミリア・ハワード」


「はい?」


「お前――」


一拍。

ギルバートは迷いなく告げた。


「帝国騎士団に入れ」


「…………」


ミリアが瞬きをする。


「……え?」


隣でライガが吹き出した。


「はぁ!?」


リリシアの声が団長室いっぱいに響き渡る。


「ミリアさんが帝国騎士になっちゃうんですかぁぁぁ!?」


ギルバートは至って真剣だった。


「その力を、私は高く買っている」


帝国騎士団団長は、龍殺しの英雄を真っ直ぐ見据える。


「待遇なら心配するな。相応の地位を用意する」


帝国騎士団本部、その最上階にある団長室。

重厚な執務机を挟んだ向こう側で、騎士団長ギルバート・クランゼルは腕を組みながら、あまりにも堂々と言い放った。

ミリアは困惑したままシャルロットを見る。

しかしシャルロットまで、どこか面白そうに笑っていた。

天空神殿を発った時には、想像すらしていなかった。

王都へ帰る途中。

ただ通り抜けるだけだったはずの帝都で――。

ミリアはまさかの勧誘を受けることになった。

あまりに唐突だったため、ミリアはしばらく瞬きを繰り返すことしかできなかった。


「…………え?」


「聞こえなかったか?」


「いや、聞こえたけど……」


聞き間違いであってほしかっただけである。

そんなミリアの困惑など気にする様子もなく、ギルバートは続けた。


「龍殺しの英雄という肩書きだけなら、私もここまで興味は持たなかった。世間というものは、少し大きな功績を立てただけで英雄だの救世主だのと好き勝手に呼ぶからな」


「兄上」


隣に立つシャルロットが冷たい視線を向ける。


「勧誘している相手に喧嘩を売るのはやめろ」


「最後まで聞け」


ギルバートは咳払いを一つした。


「だが、先ほど実際に剣を見た。ガレッタを一撃で沈め、おまけにシャルと互角に渡り合った。噂だけの英

雄ではないことは十分に分かった」


そして、真っ直ぐミリアを見る。


「帝国は強者を歓迎する。望むなら相応の地位も用意しよう」


「相応って……」


「少なくとも一兵卒から始めさせるつもりはない」


「兄上。本気か?」


「私はいつでも本気だ」


「それが問題だ……」


シャルロットが眉間を押さえる。

しかしギルバートは構わず、今度はミリアの後ろへ視線を移した。


「無論、勧誘しているのはミリアだけではない」


「……ん?」


ライガが自分を指差す。


「俺らもか?」


「ああ」


ギルバートは当然のように頷いた。


「ライガ・ヴォルフェン。先ほど聞いた話では、お前も相当な使い手らしいな」


「へぇ」


ライガの口元が上がる。


「見る目あるじゃねぇか、団長さん」


「ライガ、調子に乗らないの」


「それにリリシア・シンクレア」


「は、はいですぅ!?」


突然名前を呼ばれ、リリシアの背筋がぴんと伸びる。


「お前も歓迎する」


「む、無理ですぅ!」


リリシアは両手をぶんぶんと振った。


「わたし剣なんて使えないですぅ! 振ったら自分を斬っちゃう自信がありますぅ!」


「何の自信だよ」


ライガが呆れる。

ギルバートは平然と答えた。


「誰が剣を使えと言った」


「……へ?」


「帝国騎士団には魔法部隊も存在する。攻撃魔法、支援魔法、撹乱魔法――役割はいくらでもある」


「魔法部隊……」


「お前ほどの魔力量なら歓迎されるだろう」


「おぉ~……」


リリシアが少しだけ目を輝かせる。


「なんだか格好いいですぅ……」


「リリシア?」


「はっ! 入りませんですぅ!」


ミリアに見られ、慌てて首を横に振った。

最後にギルバートの視線がゼインへ向く。


「魔導銃使いも希少だ。お前も歓迎するぞ」


「遠慮しとく」


ゼインは即答した。


「早いな」


「組織ってのが苦手なんでね」


「そうか。なら無理には言わん」


「俺との差すごくねぇ?」


ライガが眉を寄せる。


「お前は入る気満々に見えるからだろう」


「いや、ちょっと面白そうだとは思ってるけどよ」


「思ってるんじゃない……」


ミリアがため息をつく。

しばらく騒がしいやり取りが続いた後、ギルバートは改めてミリアを見る。


「それで?」


「……?」


「お前の返事をまだ聞いていない」


部屋の空気が少しだけ変わった。

ミリアは考えるように目を伏せた。

帝国騎士団。

ここに所属すれば、きっと多くのことを学べるだろう。

強者もいる。

設備もある。

何より、国そのものが武を尊んでいる。

剣士として考えるなら、悪い話ではない。

けれど――。


「ごめんなさい……」


ミリアは顔を上げた。


「私は、帝国騎士団には入れない」


「理由を聞かせろ」


「私には、まだやらなきゃいけないことがあるから」


その答えに迷いはなかった。


「私は騎士になるために剣を振ってるわけじゃない」


天空神殿で問われた言葉が蘇る。

――お前は、何を守る。

あの時、自分は答えた。

世界という曖昧なものだけではない。

仲間を、大切な人を、誰かが笑って生きていける場所を。


「今の私には、守りたい人たちがいる。そのために――終わらせなきゃいけない戦いがある」


ミリアは胸元へ手を添える。

そこには、初代勇者から受け継いだ光が眠っている。


「ザンガと、決着をつける」


「…………」


ギルバートは黙ってミリアを見つめた。

やがて――。


「そうか」


それだけ言って、背もたれへ身体を預ける。


「ならば仕方ない」


「……随分あっさりしてるんだね」


「目的のある剣士から剣を取り上げるほど、私は無粋ではない」


ギルバートは薄く笑った。


「それを終えて、それでも剣を振るう場所に迷ったなら、その時また帝国へ来ればいい」


「……ありがとう」


ミリアも笑った。

だが、そこで、ふと一つのことを思い出す。


「そうだ」


「なんだ?」


「帝国騎士団は……ザンガについて何か知らない?」


「……ザンガか」


ギルバートの表情が変わった。

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