Episode.98 双剣の騎士
風が、止んだ。
広大な演習場の中央には白銀の剣を握るミリアと、二本の剣を構えたシャルロットが、十数歩ほどの距離を挟んで向かい合っている。
周囲を取り囲む帝国騎士たちは、誰一人として声を発さなかった。
先ほどまでなら、旅人風情が副団長に勝てるはずがないと笑う者もいただろう。
だが、今は違う。
彼らは見てしまった。
一般騎士の剣を一度も受けることなく退け、帝国最強の防御を誇るガレッタを、たった一撃で意識ごと刈り取った少女の実力を。
――龍殺しの英雄、ミリア・ハワード。
対するは、帝国騎士団副団長――シャルロット・クランゼル。
「……始めるぞ」
シャルロットの黄金の瞳が鋭く細められる。
「いつでも」
ミリアは剣を下段へ構えた。
だが、光の魔装は使わない。
龍牙も発動しない。
まずは――見る。
(帝国騎士団の副団長……)
ミリアは静かに呼吸を整えた。
(どんな剣を使うのか、見せてもらう)
その立ち姿から余計な力が抜ける。
燕武――。
相手の呼吸、視線、重心、筋肉の動きから攻撃の流れを読み、最小限の動きで死角へ滑り込む。
それを見たシャルロットが、ほんの僅かに眉を動かした。
「……面白い構えだ」
直後、シャルロットが消えた。
「――!」
速い。
一気に間合いを潰し、右手の剣を振り下ろす。
ミリアは半歩横へ。
刃が鼻先を通過する。
そこへ――二本目。
(来る!)
左の剣が、逃げた先へ既に置かれていた。
ミリアは上体を反らす。
金色の髪が視界いっぱいに広がり、その向こうから再び右の刃。
一閃。
二閃。
三閃。
左右の剣が途切れることなく襲いかかってくる。
片方を避ければ、もう片方が逃げ道を塞ぐ。
その二本目を避ければ、最初の剣が既に次の攻撃へ移っている。
(速い……!)
ミリアは後退する。
いや、ただ退いているのではない。
肩を捻り、首を傾け、爪先を軸に身体を回し。
迫る刃の間を舞うように抜けていく。
白銀の刃と二本の剣が交差しながら、演習場を凄まじい速度で駆け抜ける。
「す、すごいですぅ……!」
リリシアが目を丸くしていた。
「シャルロットさんの剣、二本とも全然止まりませんですぅ!」
「ああ……」
ライガの表情から、いつもの軽さが消えている。
「あの女、二刀流だから強ぇんじゃねぇ」
「え?」
「二本を別々に使ってやがる」
ゼインも小さく頷いた。
「右を避けた先に左が来る。左を避ければ、右が次の逃げ道を潰す……」
目を細める。
「相手の回避まで攻撃の中に組み込んでるってわけか……相当頭の回転が速いな」
その言葉通りだった。
(……この人)
ミリアはシャルロットの連撃を躱しながら気付く。
(私が避ける場所を読んでる……!)
これまで燕武を前にした多くの敵は、ミリアを捉えることすらできなかった。
だが、シャルロットは違う。
ミリアが避ける。
その先へ、次の剣を置く。
さらに避ける。
その先へ、もう一方。
まるで燕の飛ぶ軌道そのものを追い詰めるように。
「逃がさん!」
シャルロットの右剣が迫る。
ミリアは紙一重で躱す。
左。
それも回避。
さらに右――。
(――違う!)
ミリアが気付いた瞬間。
シャルロットが大きく踏み込んだ。
攻撃ではない。
跳躍――。
「なっ……!」
その身体が一気に空高く舞い上がる。
太陽を背負う。
二本の剣を頭上で交差させ、空中で身体を大きく捻った。
刃を中心に、目に見えるほど濃密な風の魔力が渦を巻いていく。
「帝国式双剣術――」
シャルロットの姿が落下する。
ただ落ちているのではない。
全体重。
落下速度。
身体の回転。
二本の剣。
そのすべてを、一点へ叩き込む。
「――降天龍斬ッ!!」
凄まじい圧力が頭上から迫った。
燕武で避けることはできる。
だが、ミリアは避けなかった。
「だったら……!」
深く息を吸う。
血流が加速する。
心臓が強く脈打ち、全身の筋肉へ爆発的な力が巡っていく。
龍牙――ミリアは剣を両手で握った。
「こっちも正面から行く!」
踏み込み、白銀の剣が唸る。
「龍牙、伍ノ太刀――!」
二つの剣と、一つの剣。
上と下。
互いの斬撃が――。
「亜切屠ッ!!」
激突した。
――轟ッ!!
爆発したかのような衝撃が演習場を駆け抜けた。
「うおっ!?」
「きゃあっ!」
周囲の騎士たちが腕で顔を覆う。
衝撃波が地面の砂埃を円状に吹き飛ばし、二人を中心に地面へ細かな亀裂が走った。
「ぐ……っ!」
「くぅ……!」
シャルロットの両腕が震える。
ミリアの足元も沈む。
二人の剣が噛み合い、凄まじい力が拮抗する。
「これが……龍殺しの剣か……!」
「そっちこそ……!」
ミリアが歯を食いしばる。
「すごい威力……!」
次の瞬間。
二人が同時に力を込めた。
「はああああッ!」
「だああああッ!」
剣が弾け、爆風が巻き起こる。
二人の身体が同時に後方へ跳んだ。
シャルロットが着地。
ミリアも地面を滑りながら剣を構える。
再び――二人の間には距離ができた。
「…………」
「…………」
互いに相手を見る。
そして、シャルロットが笑った。
「いいな」
「え?」
「久しぶりだ。ここまで剣を振るって楽しいと思ったのは」
ミリアも小さく笑う。
「……私も」
「なら――」
シャルロットの身体から、翠色の魔力が溢れ出した。
風の魔力。
長い金髪が大きく舞い上がる。
「これはどうだ?」
二本の剣を左右へ大きく広げる。
風が刀身へ絡みつく。
「帝国式双剣術――」
シャルロットが、空間そのものを斬るように二本の剣を振り抜いた。
「飛龍の翼太刀ッ!」
「――え!?」
ミリアの目が見開かれた。
二本の剣から放たれた風の斬撃が、巨大な翼のように左右から迫ってくる。
(飛ぶ斬撃――!?)
右から一つ。
左から一つ。
さらにその後ろから、交差するように二つ。
「ちょ、ちょっと!」
ミリアは地面を蹴った。
一撃目を身体を捻りながら跳んで回避。
着地した瞬間に身体を沈め、二撃目を頭上へ通す。
三撃目。
横へ転がる。
直後。
背後の石柱が斜めに切断された。
「……!」
ミリアが振り返る。
巨大な石柱が、ゆっくりと地面へ崩れ落ちた。
「当たったら痛いじゃ済まないでしょ!?」
「安心しろ」
シャルロットは二本の剣を構える。
「お前なら避けると思っていた」
「そういう問題!?」
だが、ミリアの口元も笑っていた。
「それなら――」
深い呼吸。
身体の内側から、再び力が溢れ出す。
「今度はこっちの番!」
踏み込む。
「龍牙――壱ノ太刀!」
ミリアの姿が一気に迫る。
「――牙嵐ッ!!」
一撃ではない斬撃。
右、左、上、下、斜め。
縦横無尽の斬撃が、暴風のようにシャルロットへ襲いかかった。
「くっ!」
シャルロットの双剣が動く。
弾く。
受け流す。
受ける。
逸らす。
金属音が途切れない。
火花が連続して飛び散る。
「速い……!」
「まだ!」
ミリアがさらに踏み込む。
牙嵐――。
その名の通り、無数の牙が獲物へ喰らいつくような連撃。
だが――シャルロットの瞳が動いた。
(見つけた)
連撃と連撃。
ほんの一瞬だけ生じた間。
シャルロットが踏み込む。
「そこだ!」
左の剣でミリアの刃を外へ弾く。
同時に、右の剣がミリアの脇腹を薙いだ。
「ミリアさん!!」
リリシアが叫ぶ。
刃が――ミリアを斬り裂いた。
はずだった。
「――何?」
手応えがない。
斬ったミリアの姿が、陽炎のように揺らぐ。
消える。
「残像……!?」
シャルロットの背後から――。
「――龍牙」
シャルロットの瞳が大きく見開かれた。
「肆ノ太刀――」
振り返る。
そこには、月影のように静かに剣を振り上げるミリア。
「――朧月!」
「くっ!」
シャルロットは反射だけで二本の剣を交差させた。
直後。
――ガァン!!
強烈な斬撃。
「ぐ……ッ!」
シャルロットの身体が後方へ押し飛ばされる。
靴底が石畳を削る。
一メートル。
二メートル。
三メートル――。
「はぁ……!」
何とか踏み止まった。
二本の剣は、確かにミリアの一撃を受け止めている。
しかし、シャルロットの手は痺れていた。
「……今のを受けるんだ」
ミリアが驚いたように呟く。
シャルロットは呼吸を整えながら笑った。
「お前こそ……」
二本の剣を構え直す。
「私に斬らせておいて、残像とはな」
「危なかったよ」
「嘘をつけ」
「本当だよ」
「なら、その笑顔をやめろ」
二人が笑う。
そして――同時に構えた。
まだ終わっていない。
ミリアが一歩。
シャルロットも一歩。
次の激突へ向け、互いの魔力が高まっていく。




