Episode.97 興味
耳をつんざく金属音が演習場を貫いた。
衝撃波が地面を駆け抜け、周囲の騎士たちが腕で顔を覆う。
「ぐ……おおおおおおおッ!!」
ガレッタの両腕が震えた。
(なんだ……これは……!?)
重い。
そんな言葉では足りない。
まるで巨大な龍そのものが、全身で盾へ激突したかのような衝撃。
ガレッタの足が地面を削る。
一歩。
二歩――ではない。
両足を踏ん張ったまま、身体ごと後方へ押し流されていく。
「ぬおおおおおッ!!」
背中が岩壁へ激突する。
――直後。
バキッ。
岩壁に亀裂が走った。
「なっ……!」
亀裂が蜘蛛の巣状に広がり――。
轟音とともに崩壊する。
それでもガレッタは盾を離さない。
砕け散る岩石の中を、その巨体がさらに後方へ滑っていく。
やがて――止まった。
「…………」
静寂。
ミリアはゆっくりと剣を下ろした。
目の前には、十メートル近く抉られた二本の跡。
その先、ガレッタは――立っていた。
大盾を構えたまま。
両足で。
「……嘘」
ミリアが目を見開く。
勇者の光を僅かに借り、光の魔装を重ね、龍牙を発動し、伍ノ太刀――亜切屠を叩き込んだ。
それでも。
「……さすがは帝国最強の防御……」
ミリアは素直に感嘆した。
「これでも倒れないなんて……」
しかし。
ガレッタは何も答えなかった。
「……?」
その時――。
馬蹄の音が聞こえた。
ゆっくりと。
しかし力強く、演習場へ近付いてくる。
「――何の騒ぎだ」
低い声が響いた瞬間、帝国騎士たちの背筋が一斉に伸びた。
「……っ!」
黒馬に跨った一人の騎士が、演習場へ入ってくる。
一際目を引く漆黒の鎧。
荒々しく乱れた金髪。
鋭い眼光。
何より――纏う空気そのものが違う。
「騎士団長……!」
黒馬から騎士たちを見下ろし、男は眉を寄せた。
「演習はどうした」
誰も答えない。
男の視線が、崩壊した岩壁へ向かう。
そして。
大盾を構えたまま立っているガレッタへ。
「説明しろ、ガレッタ」
「…………」
「聞こえなかったか?」
返事がない。
「ガレッタ。何とか言ったらどうだ」
なおも沈黙。
男が訝しげに眉を寄せた、その時だった。
ガレッタのすぐ近くにいた騎士が恐る恐る顔を覗き込み――。
「……っ!?」
絶句した。
「……? どうした」
「団長……」
騎士が震える声で言う。
「ガレッタ隊長……」
一度、唾を飲み込む。
「――気絶しています」
「……何?」
ミリアも目を丸くした。
「え?」
ガレッタは立っている。
大盾も構えている。
両足以外、どこも地面についていない。
だが――。
その目は完全に白目をむいていた。
「立ったまま気絶してるですぅ!?」
リリシアの声が演習場へ響く。
「器用な奴だな」
ゼインが感心したように呟いた。
「そこ褒めるところか?」
ライガが突っ込む。
騎士団長は馬上からガレッタを見つめ、それから砕け散った岩壁と地面に刻まれた長い二本の跡を確認する。
「……なるほど」
その口元が僅かに上がった。
「面白い」
馬から降りる。
「誰か説明しろ」
近くにいた騎士が慌てて駆け寄り、これまでの経緯を説明する。
旅人が通ろうとしたこと。
帝国の流儀に従って勝負になったこと。
最初の騎士が一撃で敗れたこと。
そしてガレッタが一撃勝負を挑み――。
龍殺しの英雄によって、立ったまま意識を刈り取られたこと。
「……そういうことか」
男はミリアを見る。
鋭い眼光が、頭の先から爪先まで値踏みするように向けられる。
「ただの旅人だと思って喧嘩を売った相手が――龍殺しの英雄だった、と」
薄く笑う。
「うちの者が失礼したな」
そして胸へ手を当てた。
「私は帝国騎士団団長――ギルバート・クランゼル」
視線がミリアだけでなく、その後ろの三人へ移る。
「貴様らも名を聞かせろ」
「ミリア・ハワード」
「ライガ・ヴォルフェンだ」
「リ、リリシア・シンクレアですぅ」
「ゼイン・ヴァロウズだ」
「ミリア、ライガ、リリシア、ゼイン……」
ギルバートは名を確かめるように繰り返す。
そして、笑った。
「よし」
「?」
「ことのついでだ」
腰の剣へ手を掛ける。
「私とも一戦交えようではないか」
「…………」
ミリアはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりとライガを見る。
「……帝都って、血の気が多い人しかいないの?」
「なんで俺を見るんだよ」
「なんとなく」
「俺は帝国人じゃねぇ!」
「でも同類ですぅ」
「リリシアまで!?」
「さあ、ミリア!」
ギルバートが楽しそうに剣へ手を掛ける。
「龍を斬った剣――この身で確かめてみたい!」
「やっぱりライガと同類だね」
「だから俺を見るな!」
その時だった。
「――そこまでだ、兄上」
凛とした声が、演習場を切り裂いた。
白馬が歩み出る。
黒馬とは対照的な、雪のように白い馬。
その背には一人の女騎士が跨っていた。
腰まで流れる長い金髪が風になびく。
整った顔立ち。
鋭く、それでいて冷静な黄色い瞳。
身につけている鎧は実戦的でありながら細部まで美しく整えられ、その背には――二本の剣。
白馬はミリアとギルバートの間で止まった。
「団長が本気で暴れたら、今度こそ演習場そのものがなくなる」
「シャル。邪魔をするなといつも言っているだろう」
「こちらも毎回言っている……」
女騎士のこめかみに青筋が浮かぶ。
「壊れた演習場を――誰が直すと思っている!」
「直せばいい」
「だから誰が直すのかと聞いている!」
騎士たちが一斉に目を逸らした。
どうやら、いつものことらしい。
「まったく……」
女騎士はため息を吐き、馬から軽やかに降りる。
そしてミリアたちへ向き直った。
「すまない。兄上は強者を見ると、自分で剣を交えなければ気が済まない性分でな」
「兄上?」
ミリアが首を傾げる。
女騎士は姿勢を正した。
「申し遅れた」
胸へ手を当てる。
「帝国騎士団副団長――シャルロット・クランゼル」
ちらりとギルバートを見る。
「そこにいる騎士団長ギルバート・クランゼルは、私の兄だ」
「へぇ」
ゼインが兄妹を交互に見る。
「言われてみりゃ似てるな」
「そうか?」
「似てない」
兄妹が同時に答えた。
「……そこは息合うんだな」
ギルバートは不満そうに腕を組む。
「シャル。私は今からミリアと戦うところだったんだぞ」
「だから止めたんだ」
「強者は自分の剣で確かめてこそ――」
「分かった」
シャルロットは兄の言葉を遮った。
「そこまで言うなら――」
鋭い瞳がミリアへ向く。
「私が確かめる」
「……え?」
シャルロットは白馬から離れ、ゆっくりとミリアの前へ歩いてくる。
「副団長としても興味がある」
視線が、ミリアの剣へ落ちる。
「あの、討伐不可能と言われた破滅の黒龍を討った剣士が――どれほどの者なのか」
ミリアの表情が変わった。
先ほどまでとは違う。
シャルロットが歩いてくるだけで分かる。
強い。
間違いなく、これまでの騎士とは格が違う。
「……ということだ」
シャルロットはミリアの数歩前で止まった。
「悪いが、もう一戦だけ付き合ってもらうぞ」
「副団長が相手なのね」
ミリアは剣を握り直す。
そして少しだけ笑った。
「それなら――今度は退屈しないで済みそう」
シャルロットも微笑む。
だが、その笑みには鋭い刃のような気配があった。
次の瞬間。
――シャリン。
金属が擦れる澄んだ音。
ミリアの目が細くなる。
「……二刀流」
シャルロットは背中へ交差するように収めていた二本の剣を、左右の手で同時に引き抜いていた。
右手の剣。
左手の剣。
二つの切っ先が別々の角度からミリアへ向けられる。
それまで騒がしかった帝国騎士たちが、再び静まり返った。
ギルバートは腕を組み、楽しそうに二人を眺めている。
ライガもまた、先ほどまでの軽い表情を消していた。
「……あの女、強ぇぞ」
「分かるの?」
「ああ」
ライガはシャルロットから目を離さない。
「立ち方が違う」
リリシアがごくりと喉を鳴らした。
ゼインも煙草を消して腕を組んだ。
「さて……龍殺し相手に、どこまでやるか……」
風が吹いた。
長い金髪が、陽光の中で大きくなびく。
シャルロットは二本の剣を静かに構えた。
右の刃は高く。
左の刃は低く。
ミリアも剣を正眼へ。
二人の視線が交わった。
「帝国騎士団副団長――」
シャルロットの瞳に、戦意が灯る。
「シャルロット・クランゼル」
一歩。
静かに踏み出す。
「――参る」
龍を斬った少女と帝国を守る双剣。
二人の剣士が、帝都の門前で向かい合う。
次の瞬間――演習場から、音が消えた。




