EP.5
しまった! とオリアナは我に返る。
客人を放り出し、我が子の可愛さに思わず来し方に想いを馳せてしまった。のみならず、喉から零れてしまった。
仕方ないではないか。幾星霜語らず胸に秘めるのみの思いの丈だ。零れもしよう。
また一つ咳払いをして平静を装う。
「して、今日は如何された?まさか遊山に来た訳でもあるまい?」
失礼なことに顔を盛大に引き攣らせるローガンへ問うてみれば、懐に手を忍ばせ、一通の文を取り出した。
それを卓の上に置き、オリアナの方へ差し出す。
「辺境伯様より文を預かって参りました。ご査収を」
はて、何用かな?
エドワード、カラドヴェル辺境伯家には所領の一部を借り受けている恩がある。また不定期ではあるが外の様子の示唆を受けているので些細な願いなら叶えること吝かではない。
しかし文に認めるのは珍しい。使者殿の口頭では不足、と言うことだろうか。
等と考えながら三つ足の鷲に三本の剣が交叉する紋章の封蝋を切り、手触りの良い手紙を改める。
……装飾過多の時候の句が長い。
相当の面倒事でも頼む気か?
面倒事であった。
文曰く、南部に国境を接するシャクティズ朝ザルネイアにて不穏な動きあり。
なんでも産まれながらに火を操る王子が誕生したとの事だ。火神の生まれ変わりと豪語して憚らない様は神への冒涜云々、と思ってもいない事を書き連ねている。
20年程会わない間に信心深くなったのであろうか?まあ、恐らくは続く頼み事の名分、いや言い訳だろう。
要約すると「こっちきて稽古つけて下さい! お願いします!」との事だ。
曰く、戦力低下著しく早急の対応が必要との事。
平和な時勢に王級5人も抱えていながら戦力低下とは。これ如何に。もしや後進が育たず何人か退役するのか?
一通り目を通して一つ息を吐く。
「ローガン殿は文の内容を聞き及んでいるか?」
「要点のみ伺っております」
「そうか、なれば伝えよ。断る、と」
「……ですよねぇ」
此奴気を抜きおって。
まあ此奴もエドワードも叶ったらいいなくらいの心持ちだったのだろう。
待て、とオリアナの思考が別の逡巡を始める。
良い機会ではないか?勿論私にではない。
シーヤとサーニャにとってだ。
あの子らは外の世界を知らない。無理もない。産まれてこの方この森で育ってきたのだ。
強さの基準は私か魔獣しかなく、また対人は専らお互いのみと歪だ。
勉学、教養についてもそうだ。私だけでは限界がある。天才な二人ならもっと他にも才能があるやも知れない。
それにエドワードには9つになる息子が居たはずだ。他の子を知り、旧知を得る事もまた経験になるだろう。
序でにあの子らは強い。7つの幼子が自らより強いと知れば兵らの良い刺激になるのではないか?
思考はどこまでも我が子が中心だが、ギリギリ依頼に応えられなくもない、と思い始める。
「では、言付け、しかと賜りました」
「いや、待たれよ」
オリアナは自分のアイデアをローガンへ語り、他愛のない雑談を挟みつつ、近況や状況を聞いた後、返答を持たせて帰らせたのであった。




