EP.15
目の前が一瞬にして真っ暗になり、サーニャは瞑目した。
(あ……あれ?)
声を出したと思ったが、まるで音が溶けるように消えてなくなる。
気づいた時には音も消えていた。
あれだけの怒号が消え、聞いたこともない静寂が耳の奥に響く。
誰一人として動いていないその闇の恐怖が体を震わせる。
(一体何が……? シーヤはどこ? アリスちゃんはどうなったの?)
闇に包まれる前、シーヤのアリステアを呼ぶ悲鳴が、タラップの下で蹲るアリステアが脳裏を過るも、動けない。
闇とは、光が見えないとは斯くも不自由なのか、と思う。
目の端に動く気配が見えた。
背中と膝下に腕を通して抱えられた。
「サーニャ、大丈夫? ここから出るから捕まって」
体を密着させたシーヤから声が伝わる。
シーヤの首にしがみつき、一気に加速した。
僅か数瞬、閉じていた瞼の裏から赤い夕陽を感じた。
「もう大丈夫だよ。どうやらお嬢様が魔法を発動させたみたい」
と言って半球状の闇に眼を向けていた。
「見えるの?」
「魔法は見える。中にいる人も影で大体は見えるかな」
「……アリスちゃんを助けてあげて」
知らず懇願したサーニャにシーヤが顔を向ける。
「どうやるのさ?」
「知らない! でもシーヤならできるでしょ?」
物凄く困ったような顔をしているシーヤが不承不承といった感じで溜息を零す。
「サーニャもできるんじゃない? 怖い?」
その指摘にサーニャは顔を赤く染めながら叫ぶ。
「お姉ちゃん! いいから! 助けてあげて!」
はいはい、という雰囲気を滲ませシーヤが闇の中へ駆け出した。
闇に向かうシーヤの背中を震えながら見送る事しかできなかった。
■■■
アリステアは泣いていた。
石が当たった側頭部からは血が流れ、涙と一緒に頬を伝う。
蹲ることはズタズタになった矜持と言えど許すことができず、闇の中に立っていた。
両手はスカートを握りしめ、悔しさと恐怖に震える。
何で……? と幾度目かの自問をする。
私は考えた! 私は正しいことをした! 私はみんなを幸せにしたかった!
そこに双子を見返したかった、や、お父様とお母様に褒めてもらいたかった、という邪な思いはあれど、偽りなく本心で考えて行動した。
頑張った。そう、頑張ったのだ。
双子が来る前から貴族たらんと勉学に、作法に、美に。
語学も算術も歴史も地理も礼儀もマナーも魔法も美容も。
苦手な剣術だって頑張った。
嫌いな刺繍だって頑張った。
泣きたい気持ちを堪えながら宮廷語だって覚えた。
経営も学んだ。領地に必要だから。
統治も学んだ。こういう時に発揮するためだ。
私の言葉がいけなかったのだろう。
でも、何で? 罵られないといけないの? 剣を振り上げられないといけないの? 石をぶつけられないといけないの?
あんな目で拒絶されないといけないの?
アリステアはタラップから落ちた時に見た、自分とそう変わらない歳の少女の目を思い出し、また一つ大粒の涙が零れた。
暗く、冷たく、蔑み、拒絶するその目はこの闇より深かった。
嫌だ! そんな目で見ないで! 来ないで! 罵らないで! 助けて! 助けてよ! 誰か見つけてよ! 見ないでよ! 助けてよ! 褒めてよ! 認めてよ! 助けて! 助けてよ!
「助けますよ、お嬢様」
突如震える体を抱きしめられ、柔らかく温かい音が体に響いた。
「嘘! あんたも馬鹿だと思っているんでしょ! あの時みたいに! 馬鹿な無知の小娘がまた馬鹿してるって!」
「あれは……母様が悪いです。あと辺境伯様が悪いです」
知らず知らずのうちにシーヤの体を抱き返していた。
その体は服の上からでも分かるほど筋肉でゴツゴツしていた。
二歳年上なだけなのに、その厚みにはそれ以上の重みがあるように感じられた。
「嘘。あんたも絶対思ってる……私はただ……!」
アリステアはシーヤに縋り付き、嗚咽交じりの声を絞り出す。
シーヤはアリステアの絹のような滑らかな髪を撫でる。
「嘘ではありません。半年程度ですが、お嬢様が頑張っているのを見てきました。見えてはいませんが、ずっと隣で勉強させていただきましたので分かります」
「……みんなが良くなればと思った。あんたを見返したいと思った。下手だったかもしれないけど、怖い目で睨まれるようなことしてない!」
「みんな余裕がないだけですよ。」
「怖かった、怖かったのよ……」
「大丈夫です。私がいます。サーニャもいます。ベロニカ先生だってローガンさんだって。」
「……」
アリステアは言葉もなく、ただただ涙を流した。
それからアリステアが落ち着きを取り戻し、闇が消えるまでに半刻ほど時間を要した。
その間シーヤは黙って抱きしめ、頭を撫でていた。
闇が晴れた時、夜の帳が既に降りていた。
呆然と立ち尽くす群衆と、その中央で抱き合う二人を、皓々たる満月が見下ろしていた。
……シーヤが、主人公している!!(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)




