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EP.14

 アリステアが城を飛び出し早半刻。

 ベロニカ・ホルンヴェインは焦っていた。


 本当に最低限の供奉のみを伴っての貧民街視察。

 戦力としてローガン、双子、そして王級魔導士たるベロニカが付いているのだから、貧民街を一掃するだけなら過剰戦力かもしれない。

 だが何かしら政治的なこと、例えば弁舌や交渉を始めた場合はどうか。

 教養はそれなりにあれど門外漢である。


 今になって辺境伯からの下命が恨めしい。


『アリステアの好きにさせろ。そのための卿だ』


 ベロニカがアリステアの護衛を拝命した際、厚き信任と共にいただいたお言葉。

 粉骨砕身の覚悟を以って任に当たる決意をしたのも記憶に新しい。

 ――が、これは拙い! と己の勘が警鐘を鳴らす。


 馬車にはアリステアとベロニカが二人。

 その元凶たるアリステアはだんまりと目を瞑り考え事をしている。


「お嬢様、引き返しましょう。せめて何をされるのかご教示ください。全力でお止めいたしますので」


「嫌よ。止めるって言ってるじゃない。あなたは付いてくるだけでいいの」


 大きな蒼い瞳が開かれ、正面から見据えて宣う。


「それに何も悪いことをしようとしているわけじゃないわ。唯、生活を見て、言葉を交わすだけよ」


 嘘だ、と確信したが、口には出さなかった。


■■■


 ここはミズガル壁内西南部に広がる難民居住区、その中央広場。

 ミズガルには壁内に二つ、壁外に三つ、計五つの貧民街の内最大規模の町である。


 壁内のため道は整備され、清潔に保たれてはいるが、家屋は古び、最早瓦解寸前の物も多い。

 また住人は諸外国から逃げ出した難民で構成されており、日々の糧が少ないためか痩せ細っている者が目立つ。痩せていない者は、その目を剣呑に光らせ、腰には剣を履き、とても堅気には見えない。


 そんな中、三つ足の鷲に三本の剣が交差した紋章を付けた馬車が広場に入る。

 加えて、目の下に隈をこさえているが、騎士を体現したローガンに、簡素であれ良い素材の服に身を包んだ忌子の双子。

 注目されない方がおかしい。


 ベロニカは、絶対出たくない、と思いつつアリステアに視線を寄越すも、にべもなく顎をしゃくることで「早く出なさい」と指示された。

 意を決する前にローガンが外から馬車の扉を開ける。


 ーーこの男の気の利きようは本当に鬱陶しい。

 と思いながら外に出れば、既に200、いやそれ以上の住人が「何しに来た!帰れ!」と雄弁に語る目を向けている。


 白い双子とローガンが怖いのか、5mほどの間隔を空けて取り囲まれた場は300人近い人がいるはずなのに耳が痛くなるほどの静寂が支配していた。


 タラップを降り、シーヤの横へ移動すると、扉からアリステアが姿を現した。

 ローガンがエスコートしようとしたが、それを拒み、タラップの一番上、群衆を見渡せる場所から静寂を切り裂いた。


「皆さま、ごきげんよう。

 このミズガルを管轄する最高意思決定者──エドワード・カラドヴェル・エリン辺境伯が一女、アリステア・カラドヴェル・エリンです。

 本日は皆さまへ、良い知らせを持って参りました」


 ベロニカの頬に嫌な汗が一筋伝う。


「私は常々疑問に思っていたのです。何故皆さまはこれほど苦しい暮らしをつづけているのでしょうか?

 率直に申し上げましょう。現在の皆さま方は、社会的納税を一切行わず、ただ消費し、あろうことか領内の治安インフラを著しく毀損している──平たく言えば、社会的なお荷物、『コスト』であり『損失』なのです。

 何故働かないのでしょう? 働けば良いではありませんか」


 隣のシーヤが小声で話しかけてくる。


「……ベロニカ先生、止めなくていいんですか? 見えなくても皆さん怒っているの何となく伝わりますよ」


「……もう止まりませんよ、好きにさせましょう。結果も含めて。シーヤ君も手伝ってくださいね」


 別にシーヤ並みの気配察知能力などなくてもわかる。

 寧ろ見えているからこそ、群衆の怒気がどれほどか。

 アリステアは気づいていないのか、無視しているのか、演説は進む。


「本来義務を果たせぬ非生産的な者に、居住の権利などありません。

 ですが、安心しなさい。私は皆さまを見捨てたりはしません。

 皆さまが汗水垂らして納めた税金は、私という極めて優秀なリソースを以って、この薄汚れた街並みを再開発するために、正しく全額投資してさしあげます。

 未来の自分のために、盗みを止めなさい。怠けるのを止めなさい。貧しいのを止めなさい。

 これはアリステア・カラドヴェル・エリンの名の下に執行される、合理的な、我が領地における新時代の『統治プロセス』です」


 怒号が弾け、大地を震わせた。


「ヒっ!」


 怒号が一つのうねりとなり、なみの如き質量を持って押し寄せる。最早誰が何を言っているのか聞き取れはしまい。

 アリステアから短い悲鳴が上がる。


「ローガン! シーヤ! サーニャ! 剣を抜くな!」


 短く指示を出し、どこから持ってきたのか、角材を握り近寄ってきた男の顎を掌底で打ち抜き気絶させる。


「無茶言わんでくださいよ! 私死にますって!」


 と喚きながらもローガンは駆け寄ってきた男の足を払って転がし、後続を止めている。


「斬っちゃだめですか? 大丈夫です。殺しません!」


 とシーヤが物騒なことを言いながら、剣を構えた男の顎を飛び膝蹴りで打ち抜いた。

 ……あれ顎砕けてはいまいか?


「鞘ごと叩きつけるのはいいですよね!」


 とサーニャが巨漢の頭頂を鞘に納めた剣でぶっ叩き、意識を刈り取る。

 ……死んでないよな?


「まともに魔力を纏えん一般市民だ。やりすぎるな!」


 次々と押し寄せる群衆に対処しながら叫ぶ。

 魔法を使えば早々に片が付く、が、できない。

 あの傲岸な演説だ。無理もない。できうる限り被害を抑えて鎮圧、いやお嬢様を逃がすのが先か!


 あまりの事態に思考が鈍る。

 諦観より先に後先を考えるべきだった!


「お嬢様! 馬車へ! お逃げ下さい!」


 だがアリステアは動けない。

 初めての怒号、初めての罵声、初めての呪詛、初めての軽蔑、そしてはじめての拒絶。


 群衆をくぐり、護衛をすり抜け、一人の少女がアリステアに石を投げる。

 その礫はアリステアの側頭部を穿ち、タラップから落ちた。


「お嬢様!!」


 シーヤから悲鳴にも似た声が上がる。


 アリステアの内から溢れ出した魔力が悲鳴のように軋んだ。

 瞬間、世界が闇に包まれた。

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