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EP.9

 エドワード・カラドヴェル・エリンは慨嘆がいたんしていた。


 張り詰めた空気が応接室を硬く支配する。否、この期に及んで言葉を飾るのは止そう。

 空気が死んでいた。一切動かない。誰も動かず、誰もしゃべらず、呼吸すら忘れたように微動だにしていなかった。


 天を仰いだエドワードはいち早く正気を取り戻し、元凶たるアリステアを叱責しようと口を開こうとした。


「――失礼」


 凛とした声が静寂を切り裂いた。


 銀眼の少年、シーヤである。

 シーヤは音もなくソファから立ち上がると一歩外に踏み出し、右手を左胸にあて、左足のつま先をカーペットに滑らせるように一歩引きながら深く頭を下げた。


 王宮の最奥でしか使われぬ最敬礼、見事な掻き足の礼だった。


「お初に御意を得ます栄に浴し、恐懼感激きょうくかんげきの至りにございます。カラドヴェル辺境伯家が至宝、アリステア嬢の言、真に一分の誤りもなき道理にございましょう。王国の法に照らせば、出自不詳の我らに、王国西部を統べるべき気高き血統の家名を拝聴するに能わず。令嬢の明晰なる知性と、家門の尊厳を護らんとする峻厳しゅんげんなるお覚悟、不肖シーヤ、平伏して敬意を表し奉ります」


 流麗にして慇懃。を通り越して最早無礼。

 大貴族である矜持を持ち、宮廷にて幾度となく暗闘を繰り広げたエドワードからしても、完璧で、辛辣な宮廷語であった。


 思わぬ最敬礼にたじろぐアリステアを、シーヤの銀眼が射貫く。


「なればこそ、御身の高潔なる精神に免じ、無礼を承知で名乗る栄誉を賜りたく。――我が名はシーヤ、姓をミストレイン。いずれ、この名がカラドヴェル家の門前にて塵芥ごみあくたと踏み捨てられるものか、それともいささかでも御耳に留まるものか。ご照覧いただければ幸甚に存じます」


 エドワードは、こいつ……性格悪すぎないか? と思った。

 ここまで高度な宮廷語の端々に煽り文句を織り交ぜ、語彙で殴りつけに来るのは魑魅魍魎の宮廷権力闘争に明け暮れる老獪ろうかいどもくらいのものだろう。

 いや、老獪か……とオリアナを盗み見るとニヤニヤと美人も台無しな気持ち悪い顔で笑っていた。

 そうか、貴女でしたか……


「なっ……、あ…ぁ」


 アリステアはその蒼い大きな目に涙を溜め、顔を赤く染め、口を開くも言葉が出ない様子だ。

 無理もない。最上級の礼に最上級の言葉、そしてその奥に隠された毒。

 6歳のアリステアに飲み干せるはずもなく。


 必死に堪えていた涙が一粒頬を伝い落ちた。

 ここが限界だった。


 プラチナブロンドの髪を翻すと、扉を開きっぱなしで固まっていたガレスの脇をすり抜け、淑女の欠片もない勢いで逃げ去ってしまった。


 その元凶たるシーヤ少年は、首を傾げ、不思議そうな顔で最敬礼のまま固まっている。

 ……こいつ、まさか意味を理解していないのか……?


 そんな空気も露知らず、ヘルマンがティーセットを乗せたワゴンを押し入室してきた。


 オリアナ達の前に置かれている飲み干されたティーカップを下げ、新しく注がれたカップと入れ替える。

 そしてエドワード側のテーブルにも華やぐ香りを立たせた紅茶が3つ置かれた。


 それら一連の動作を卒なく熟してワゴンを下げ、部屋の片隅に控えた。


 「皆、一度座ろう」


 ふり絞るように出した声は掠れていたが、エドワードは自分を褒めたい気分だった。

 逆にヘルマンには問いたい気分だ。その胆力はどう育てたのかを。


 全員がソファに座ったのを確認し、紅茶を一口含む。

 作法? 知った事か!


「まず、娘、アリステアが大変失礼した。謝罪したい」


「ああ、確かに謝罪受け取った」


 オリアナは上機嫌だ。


「普段は聡明で良い娘ではあるんだが、如何せんまだ6歳。後の事や周りの人間の事に考えがまだ及ばない。いや、言い訳だな。重ねて失礼した」


「良い良い。流石は大貴族のご令嬢、今後が楽しみではないか」


 最早嫌味な皮肉で返されれば返す言葉もない。

 妻のセレスティアも無表情を貫いてはいるが、内心頭を抱えている事だろう。


「……あまり娘をいじめないで頂きたい」


 そう言葉を捻り出すので精一杯だった。


 すると、シーヤがオリアナを不安そうな顔で見上げた。


「母様、あれでよかったのでしょうか? 泣いて出ていかれたように思いますが、友だちになれるでしょうか?」


 ……すごい胆力だ。どう育てたかは問うまでもない。


 オリアナはそんなシーヤの白い髪を優しく撫でる。


「ええ、良くできていたわ。流石シーヤね。きっと良い友だちになれるわよ」


 そんな母子を置いてサーニャはアリステアが走り去った扉を寂しそうに眺めていた。


 子供たちの最悪すぎる初対面は、こうしてヘルマンの淹れた見事な紅茶の香りの中に溶けていったのだった。


ごきげんよう。ゆずゆです。

ご高覧いただき誠にありがとうございます。


はい、2話に渡るヒロイン登場(退場)回でした。

補足と言いますか、シーヤですが本当に意味を理解していません。

高貴な人に対する謙った自己紹介、くらいの何となくな理解です。

元凶は言わずと知れたオリアナ。

何となく教えたそれをスルスルと吸収していくので面白くなって色々吹き込みました。どう言う意味、意図なのかは勿論教えてません。


私自身普段使うことのない語句を頭の片隅から捻り出し、調べに調べて書き上げる難解な話だったので今後は恐らくやりません、多分。

また、そう言う理由から誤用、勘違い、間違いがあるかとも思います。

見つけられましたら感想欄でこっそり教えていただけるとありがたいです。


今後も『銀眼のミストレイン』をよろしくお願い申し上げます。

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