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とある魔法学校の大聖女  作者: あしなが
フリューゲル学食編

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18/39

アリアの婚約者







 フェンリルを置いて、部屋から出る。


「よし、行こう」と意気揚々と歩き出せば、アステルが片眉を上げて言葉を続けた。


「もう少し優しくしてやればいいのに。魔力学の課題、あの魔獣の力を借りたんだろ?」

「え? あー……」


 違う、と言いたいところだが、そう勘違いさせておいた方がいいだろう。


「まあ、そうだが」

「やっぱり。魔法があんなに上手い魔獣と契約できるなんて、〝聖女候補第一位〟も伊達じゃないんだな」

「……アステル」


 廊下を歩きながら、先を進む。隣を歩くアステルがこちらを見た。


「さっきの話の続きだが」

「なんだ」

「好意がないのであれば、お前が私と一緒にいるのはどうしてだ」

「え……」

「他の皆は、私を煙たがるのに」


 そう告げると、アステルはあからさまに顔を強張らせた。


「……何言ってんだよ。その話は、前にしたことあるだろ」


 それを誤魔化すように笑うアステルに、「〝その話〟の記憶は今の私にない」とはっきりと答える。


「だから教えてほしい」

「…………」

「お前が〝誰もいない時だけ〟私と仲良くしてくれるのは何故なのか」


 じっと見上げる私に、アステルは少し気まずそうに前を向いた。


「……それは」

「ねえ、今日の学食、ラヴィアン様がいらっしゃってるらしいわ」


 真横を通り過ぎた生徒の声に、「ラヴィアン?」と私は思わず口にする。


「エヴァンズ公爵家の長男か?」

「覚えてるのか?」

「覚えてるも何も、アリアの……じゃなくて、わたくしの婚約者ではないですか。そのくらい、知っていますよ」


 先日、フェンリルに教えてもらっておいてよかった。


 アリアが聖女候補第一位になってから、取り巻く環境が目まぐるしく変わってしまった。その内の一つが、政略結婚だ。


 何度も言うが、アリアの身分は高くない。しかし将来的に大聖女になり得る彼女の婚約者には、貴族の中でも最も強い権力を持ったエヴァンズ公爵家の息子が選ばれた。


 表向きの顔は良いのに、なかなかの厄介者だという話を聞いたばかりだ。


「あいつがいるなら、今日の学食は避けて……」

「いえ、避ける必要などありません」


 今思えば、アリアが運び込まれてから、一度たりとも見舞いが来たことはない。


 家族でさえ、『安否の有無を』とそっけない書面が届いただけで、誰かが訪れたことなどなかった。


 聖女という立場は基本的に孤独だ。


 誰かに信仰され、憧憬を抱かれようとも、世界から剥離していくような虚しさを感じずにはいられない。


 人々の先を歩いているようで、その実、皆の背中を見送っていく。


 〝聖女〟という立場に受け入れてしまえば、孤独と戦う日々の連続だ。


 取り残された気分になるのも否めない。


 しかし、アリアはまだ候補者なだけで、聖女ではない。


 何も今の時点で、私と同じような孤独を感じる必要などないのだ。


「私の婚約者に、ちょうど挨拶をしたいと思っていたところでしたの」

「……アリア、こんなこと言うのは正直気が進まないけど、記憶がないならあまり期待しない方が良い。あの男は……」


 アステルが言いかけたところで、学食らしき扉の前に辿り着いた。


「この中か。一体、どんな料理が用意されてるんだ?」


 どうせなら、聖堂ではあまり食べられなかったような食事が食べたい。「健康のために」ってやたらと野菜と魚を用意されることが多かったから、こってりした味わいのある肉なんかベストだ。


「ビュッフェだから、気になる食事があれば……」

「ビュッフェ! なかなか洒落てるな」


 アプロディーテ聖堂にいたとき、悪かったわけではなかったが「健康のためには食事はバランスよく、よく噛んで食べましょう!」とわりかし食事においては窮屈だった。


「ふふ……ふふふ」


 今日こそは味付けの濃いものをたらふく食べるぞ。ここには鬼のファウナもいないしな。


「機嫌がいいな」

「いいかアステル、食こそが正義。胃袋さえ良質なもので満たされれば、世界は平和になる。ヘスティア様を信仰するなら覚えておくように!」


 アステルは眉根を寄せると「意味わかんないな」と呟いていた。


「さ、私は食べたいものを取ってくる。アステルもそうしたらいい」


 適当な皿をとって、私はるんるんと食事の並んだカウンターへと向かった。


 きらきらと輝く美味しそうなお肉や身体に悪そうな揚げ物を、皿の上にこんもりと載せていく。


 そうだ。デザートのことも考えねばな……インチキにも少しは土産を持って行ってやるか。


 頭の中でそんなことを考えながら歩いていると、どんっと肩が誰かとぶつかった。


「あ、悪い……」


 謝罪しながらそちらに顔を向けると、金髪の男が不機嫌そうにこちらを見下ろしていた。


 初めは私のことを、どこのどいつだ、と睨んでいた顔がみるみる歪んでいき、「アリア・マグライア?」と最悪なものでも見たかのような口調でそう呟いた。


「まあ、信じられない! ラヴィアン様にぶつかっていったわあの女!」

「なんてはしたないの!? どうせいつもの構ってちゃんアピールよ!」

「婚約者という立場だけじゃ飽き足らず、なんてがめついのかしら!」


 ラヴィアン……こいつが、ラヴィアン・エヴァンズ?


 手入れが行き届いた金色の髪。着ている服も、見る限り上等だ。


「本当に生きていたのか」


 わかりやすく他の生徒達よりも身なりが豪勢なので、公爵家の息子かと言われれば、確かにそのようにも見える。


「……チッ、計画が狂ったな」


 背筋をひんやりとしたものが走る。計画が狂った?


 アリアと出会したことに対して言っているのか?


 それとも。


「まさかまたフリューゲルで顔を合わせることになるとは……」


 生きていたことに対して言っているのか?


「無能なくせにしぶとさだけは一級品か……聖女候補第一位もそれが理由だったりしてな」


 アリア。お前はこういう時、どんな態度で過ごしていたんだ。


「ラヴィアン様の言う通り、聖女候補って身体の丈夫さで選ばれてるのかしら」

「そんなこと言ったら、わたくしだって候補者になれるわよ!」

「まあ、それはさすがに他の候補者の方に失礼ですよ」


 周囲にくすくすと嘲笑され、居場所を追いやられていく。


 そんな反吐が出るような気分を味わいながら、


 自分よりも身分の高い男からこうして馬鹿にされたとき。


「どうした、いつものように謝罪しないのか」


 まさか『ごめんなさい』と謝っていたんじゃないだろうな。


 誰も庇われることもなく、孤独に一人で。


「人の身体にぶつかっておいて、何も言わないとは失礼な女だ」


 心を殺していたんだとしたら。








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