思わぬ評判
ほっとしながら、アステルは私に目を向ける。
「ところでアリア。大丈夫か……? 物凄い音が鳴ってたけど……」
「ちょっとそこの猫のせいで足が躓いたんだ……ですわ」
アステルは、ベッドの上でごろりと横になっているフェンリルを見ながら「ああ」と納得したように頷いた。ぐいん、と背中を反らして呑気に伸びをしている様が腹立たしい。
「ところで、何かしら? わざわざ……」
にこっ、と笑顔を作りながら立ち上がろうとすれば、アステルは「あ、いや」と気まずそうな顔をした。
ちなみにアリアのように身分の低い貴族が押し込められたこの建物は男女兼用の寮だ。さらにはオンボロときた。アリアの部屋はその中でもかなりボロい。嫌がらせとしか思えないレベルで。
「謝りに来たんだ。魔力学の試験の後、俺、お前のこと避けてたから」
「え? ああ……まあ確かに」
よそよそしい感じはしたが。
はっきりと口にすれば、アステルはぎくっと肩を揺らして「悪かった」と謝った。
「いや、正直ビビったというか。お前にまさかあんな力があるだなんて、思いもしなくて……」
じっと見上げながら、「別に、そんなこと気にしてもいなかったが」と続ける。
避けてた、と言われて気づいたが、なんでこの男はアリアと仲がいいのだろう。
「寧ろ、他の奴らが避けているのに、お前だけ普通に話しかけてきたら、何故今までどんな時でも友人として接してくれなかったのだろうと、逆に疑問だ」
そもそもあれだけ避けられ、嫌われているアリアに普通に声をかけてくるアステルは、一体アリアのなんなんだ?
「そ、れは……」
「アステル、私は記憶が曖昧でいまいちよくわからないから、はっきり言ってほしいのだが」
アステルがこちらを見下ろして、目を合わせる。
「お前は、私に好意でもあるのか?」
「……は?」
「だって、そうじゃなきゃ、お前だけ普通に私に声をかけてくるのも変だ……ですわ」
私をアステルは目を点にしてこちらを見た後、「そっ!」と。
「そんなわけないだろ! 大体、俺には前々から心に決めた人がいるのに、どうしてアリアを好きってなるんだよ」
慌てて否定していた。心に決めた人?
ほう、と頷きながら、「なら、それは一体誰だ」と首を傾げる。
「フリューゲルのやつか?」
「ち、違うけど……というか、前にも言わなかったか」
ほんのり赤い頬に、私は「何度言ったらわかるんだ」と溜息を吐きながら続ける。
「そんなことはとっくに忘れてる」
「そう言われてもな。大体、好きとかそういう軽い言葉で表せられないというか……」
「なかなか深い愛なんだな」
意外だが、純情そうでいいじゃないか。
「深い愛とかそんなんじゃ……まあ、国民なら誰もが尊ぶ人だしそれはそうなのかもしれないけど」
「……国民なら誰しもが尊ぶ?」
思わぬ返しに固まれば、アステルは「ほら、だから」と恥ずかしそうに続けた。
「ティア様だよ、ティア様」
「は……?」
「いやあ、一度生で見たことがあるんだけど、もー花のように可憐でさ。きらきらしてて、人形みたいに愛らしくて……俺が見た時は真顔だったけど、とても美しかったんだ」
「…………」
「その上で超強いのに欲もないって聞くし、本当に完璧なお人だよな」
アステルが「まさに、聖女になるべくして生まれたって感じ」と腕を組んでいる。『おや』と耳をぴくつかせているフェンリルが、私の顔色を伺おうとしていた。
「…………」
「ん? アリア? どうしたんだ?」
「……アステル」
その両肩をがしりと掴んで、私は首を振った。
「お前は人の本質を見抜く力を上げた方が良い」
「……は? なんだよいきなり」
「確かに、お前の言う通り、わ……ヘスティア様とやらは美しいかも知れない。しかし見た目に騙されるな。正直に言うが、あの方は聖女に不向きだ」
「はあ?」
「毎日毎日、聖女と言う仕事に辟易して文句を垂れているくらいだぞ」
頼むからこれ以上、聖女に相応しいなどと言わないでくれ。支持されてしまうと、いつまで経っても引退の道が……。
「誰が?」
「ヘスティア様が」
真剣に言っているのに、アステルはきょとんとしたあと、「おいアリア、お前」と怪訝そうな顔で続けた。
「いくらなんでも嘘はよくないぞ。あの方を目指すべき立場なのに」
「う、嘘なんかついていない。本当だ!」
「お前がそうやっていくら評判を落とそうとしても、あの人の人気は下がらないんだから」
「くだらないこと言ってんなよ」と一蹴されてしまった。
何故だ、何故信じてくれない! もういっそ、私の姿をアステルだけに見せ……。
『なりませんよ。そんなくだらない意地で、正体を明かすなど』
「くだらなくなんかない、これは大事なことなんだ!」
「わ、わかったから、そんなに怒るなよ」
あ、とアステルを見る。
フェンリルのせいで、怒ってるかと思われてしまった。きっとやつを睨むと、丸くなって眠ったふりをしていた。
「俺は今から、お詫びとして、お前に飯を奢るつもりで来たんだよ。だからそれで機嫌直してくれないか?」
「何、飯だと?」
きらっと目を光らせると、「つまりそれは」と言葉を続けた。
「フリューゲルの食堂に行くってことか?」
実はここ数日、行きたくても行けなかったんだ。通貨を持っていなかったせいで。
だから教会から持って来た非常食を食べていたが、今はフェンリルから借りた金がある。
「行きたがってたろ。だから案内ついでに……」
「いい案だ! 行こう、今すぐ!」
歩を踏み出すと、ベッドからいつの間に降り立っていたのかフェンリルが足にまとわりついていた。
『ヘスティア様、わたしも学食に興味があります』
「だめだ。お前は留守番。私を転ばせた罪はでかい」
『そ、それは酷いです!』
「にゃあん」と寂しそうな声を上げるフェンリルから顔を背けると。
「アリア。お前、なかなか魔獣に厳しいんだな……」
アステルが少し引き気味に言っていた。




