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とある魔法学校の大聖女  作者: あしなが
フリューゲル学食編

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19/39

公爵子息への制裁





「飛び降りたついでに、声と礼儀を落としてきたんじゃないだろうな」


 もし。私が。


 教会に縛られず、聖女という立場じゃなかったら。


「……ああ、申し訳ありませんわ」


 こいつを今すぐにでも時計塔に吊るしたっていいのに。


 胸倉を掴み引きずり回したい気持ちを我慢して「つい、考えておりました」と笑顔で続けてやった。


「あなたが、どこの誰かわからなかったので」

「……は?」


 なんだと、と言いたげに顔を歪ませるその男。


 プライドが傷ついたのか「ふざけているのか」と低い声で続けた。


「わたくし、塔から落ちた後遺症で以前の記憶があまりないのです」

「記憶がない?」

「あなたが、わたくしの婚約者、ラヴィアン・エヴァンズ様でよろしいのでしょうか」

「……」


 不満そうな顔をしながらうんともすんとも言わない。明確な返事ができないあたり、小心者だろう。


「わたくしったら、こんな素敵な殿方と婚約を結んでいただなんて」


 にこっと笑顔を作ると、「はっ」とラヴィアンは鼻で笑った。

 

「この俺が素敵なことは変わらない事実だが、まさか記憶をなくしてからその事実に気づくとは……遅すぎるが、まあ気づかないより幾分かマシだな」

「……」


 プライドも無駄に高いくせに小心者。その上、ナルシストだなんて。


 最悪な三拍子だな。まだあのインチキ魔法師のほうが……いや、あいつもあいつで難ありか。


「しかし記憶がなくなるとは、都合まで良いんだな」


 ちらっと私の持っている食べ物に視線を移し、あからさまに表情に不快感を示す。


「あれほどの騒ぎを起こしておいて、食い意地だけは立派とは。貧乏人は卑しくて困る。恥を知れ」

「あら。もしかして、こちらの食事のことを言っているのでしょうか」


 嫌味をまともに受け取らず、きょとんと首を傾げると、ラヴィアンは不可解そう眉根を寄せた。


「恥を知るだなんて、とんでもないですわ。だってビュッフェですよ? こんな贅沢な食事をさせてもらっているのに、食べない方が逆に失礼ではありませんか?」

「…………」

「大体、食べきる食事でもいいだろうに、このような形式……まるで貴族の贅沢を叶えるために学園側が配慮しているように思えます。そんな気遣いを当たり前のように受け止めて、食材を無駄にする方がよっぽど」


 笑顔のままじっと見据えれば、彼は一瞬だけびくりと肩を揺らした。


「恥知らずだとは思いませんか。公子様」

「……よく動く口だな。いつの間にそんなにお喋りになったんだ、お前は」

「不快かも知れませんが、今のわたくしは口がよく動くのです。以前のわたくしは、違ったかもしれませんが」


 まあ、私の前のアリアは口うるさかったがな。


「正直なところ、話す気もしなかったのでしょう。わたくしのことを興味もない人を相手にだなんて。嫌味ばかり返されてしまいそうですし、何も言わない方が吉ですわ」

「……何」

「地雷を踏む可能性があるなら、歩かない方がマシ。そういう選択肢をとっていただけとも言えますね」

「貴様……俺が地雷だらけの嫌味な男とでも言いたいのか」


 そうだ。と即答したいが、「うーん」とひとまず悩んでいるふりをする。


「少なくとも公子様との記憶が今のわたくしにはありません。すごく嫌なやつっていう印象を感じたのは否めませんが、あなたがどういった方なのか……。ただ、そうですね。こんな人がわたくしの婚約者だなんて、非常に……」


 がっかりしました。


 と言う前に、さすがにストップがかかる。


 もしもアリアが目覚めた後、本当にこの男と結婚することになったらどうする?


 今日、私がコテンパンに言い返したら、一生くどくどねちねちと今日のことを言い続けるんじゃないか、この男は。


「非常に? なんだって言うんだ、アリア・マグライア」

「非常に……」


 ううーん、と何か他に言い様があるかと悩んでも、頭の中には悪口しか浮かばない。


 もう言い切るか、と思っていると、ラヴィアンは舌打ちをして「生意気な」と私の肩にわざと強くぶつかり、そのまま歩いて行こうとした。


 あ、肉が! と、思ったと同時に。


 持っていた皿の上から食事がぼとぼと落ちる。


 そしてそれをちらりと見ると、ラヴィアンはわざとらしくぐちゃりと踏み潰した。


「お前と顔を突き合わせているといつも最悪な気分にさせられる。……おい、誰か新しい靴を持ってこい。それからこの女の頭を冷やすための氷水もな」

「…………」

「こんなやつが婚約者だなんて、本当に許せないな。お前さえいなければ、俺の人生は完璧だったというのに」


 面倒そうな口調。苛立った言葉尻。


「死んで詫びてほしいくらいだ」


 ぺちゃりと踏みつけられた食べ物を見下ろしていると、はっと鼻で笑われる。


 そして持っていたハンカチでそいつは、私とぶつかった自分の肩をわざとらしく拭いて、私に向かって投げ捨てた。


「そうやって黙りこくるくらいなら、ふざけたことを口走るな。いつも目を合わせる度胸もないくせに。塔から落ちた衝撃で、記憶だけじゃなくて頭までおかしくなったんじゃないか」


「哀れな奴め」と言いながら、今度こそ歩いて行こうとした。



「……おい」


 そいつの足が、ぴたりと止まる。


「待て、エヴァンズの馬鹿息子」

「……は?」


 そいつが何かの聞き間違いかと振り返る。私はしゃがみ込みながら、その落ちた食べ物を皿の上に載せた。


「食べ物を粗末にするとは何事だ」

「は、お前、今誰に向かって……」


 急激に周囲の気温が下がったせいで、ラヴィアンは言葉を止める。


 凍てつくようなひんやりとした風が足元をすり抜けて、はっとしながら足元を見ていた。


「(な、なんだ……この冷気は……っ)」

「お前のようなやつがいるから、いつまで経っても貴族とは民の気持ちも国のことも大事に出来ないやつらの集まりだと思われるのだ」

「……っ(まさか、アリアが……)」

「中には心が綺麗なやつや、見どころのあるようなやつもいるだろうが」


 何か言いたげに、ラヴィアンが顔を上げる。


 しかし声が出ないのか、黙ったままのその男は私を険しい顔で見るばかりだった。


 そいつのこめかみから、冷や汗が垂れている。


 馬鹿馬鹿しい。そうやって怯えているくせに、弱き者を虐めるときは立派な貴族ぶるのだ。反吐が出る。


「お前はそれらに該当しない。クズ貴族のお手本のような男だ」

「な、んだと」

「容易く誰かの死を望むような人間に、光の差す未来はこないだろう」


 周囲の生徒たちが腕を擦り、カタカタと唇を震わせる。そして吐き出す息が白くなると「ま、まさか」と私たちを見た。


「ラヴィアン・エヴァンズ、今日と言う日を後悔するなよ」

「な、何を言っ……」


 目覚めたアリアが、こいつにくどくどねちねち言われて大変だ?


 こんな男が、婚約者のままである方が大変だろう。


 死んで詫びてほしい?


 それはこっちのセリフだよ、ラヴィアン・エヴァンズ。


 今に地獄を見せてやる。


 バキバキ、と周囲の床や柱が物凄い速度で凍り始めた、その瞬間。


「学園内での魔法の使用は禁止ですよ」


 周囲に、高くて澄んだ女の声が聞こえた。




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