便利な魔具
何はともあれ、ひとまずは退散するしかない。ノアのやつ、将来が心配だな。
やれやれ、と寮へと戻る道を歩く。
それにしても、ここに来てからいろいろ判明したことがある。
これは補習前に調べたことだが、フリューゲルに来て以来アリアは寮と学校の行き来をするだけで、一度も実家へ帰省することはなかったらしい。外出届の記録を見ると、私のいたアプロディーテ聖堂を訪れた時くらいの記載しかなかった。
アケト地方の事件の際は、ファウナを訪れているはずだが、残りは何のために訪れていたのか今のところ不明だ。
またフリューゲルでの扱いは、言わずもがな良いものとは思えない。〝聖女候補第一位〟というのは、私が思っていたよりも周囲の反感を買うみたいだった。
そもそも聖女候補というものは、魔力の保有量をかなり重視される。
というのも、神託を受ける際に、膨大な魔力を使用する必要があるからだ。
簡単に言えば、地上と天界を繋げている糸のようなもの。それに魔力は必須となる。
そのため、元々保有量が少ない人間は、たとえ神託を受ける素質があったとしてもすぐにダウンしてしまうし、回復できたとしても後遺症が長引き、その後の生活に支障をきたすことになる恐れもある。
だから決して家柄や魔法技術の良し悪しで決まるものではないのだ。
市民だろうが、貴族だろうが、王族だろうが。聖女候補になれない場合もあれば、どれだけ嫌がってもならざるを得ない場合もある、ということだ。
その中でも、アリアは十代の半ばくらいから第一位としての評価を教会から受けている。
そのため、妬む者、嫉む者はそれなりにいるとは思っていたが……思った以上に陰湿だ。
ユーリッヒの魔力学の課題を終えたあと、教科書がぼろぼろに破かれていた時はさすがに教室で暴れてやろうかと思ったがフェンリルに止められた。
購買に行けば「前回売ってから、まだ一カ月も経ってませんよ? 物は大事にしていただかないと」と購入を断られてしまった。
なんなんだ、どいつもこいつも。と思っていたら、『アリア・マグライアにとって日常茶飯事なのでしょうね』とフェンリルが告げた。
「はあ、仕方ない。レビオスに教科書の調達を頼めるかと聞いてくれ」
まあ、私は別に教材などいらないが、目を覚ましたあとのアリアが不憫でならないので、フェンリルを通じてレビオスに取り寄せてもらうように頼んでおいた。
わかってはいたが、聖女候補第一位も楽しいものではないな。
教会周りの人間からは手厚くされるが、それ以外の人間からはこんなに煙たがられるとは。
寮の部屋に辿り着く。部屋は幸いなことに一人部屋だ。
アリアはそもそも身分が高くない。他の部屋より何故かボロい部屋をあてがわれているが、一人なだけマシだ。
さて、と扉を開いて、部屋に入る。
「おい、インチキ魔法師。大人しくして……」
言葉が途中で止まってしまう。
開きっぱなしの檻の扉。中身はすっからかんだった。
逃げられている。伊達に皇室魔法師で名を馳せていると男じゃないのだな、と思い知って腹が立つ。
溜息を吐きながら鏡を見ると、不機嫌そうな顔したアリアの姿が見えた。赤色のピアスを緩めると、髪が桃の花から白を孕んだ空色へ。目はゴールドからルビーピンクへ変化していく。
この魔具、なんとも便利な代物だ。
黙って会話ができるだけでだけでなく、こうして見た目も自由自在にいじれるのだから。なかなかの優れ物だ。
あのインチキ魔法師の魔力を常に感じるのはいただけないが。
私も作るかな。似たようなものを。
ふむ、と全身鏡を見ながらピアスを眺めていると、「すごいでしょう? それ」と真後ろから声がした。
イラッとしながら振り返ると、「早かったですね、おかえりなさい」と胡散臭い笑顔を作ったインチキ魔法師がそこにはいた。
猫の姿ではなく人に戻っているので、一気に圧迫感がある。
「邪魔臭いな。お前、もう少し小さくなれないのか」
「昼間も一日中猫の姿だったんですから、少しは休ませてくださいよ」
「皇室魔法師が聞いて呆れるな」
やれやれ、と首を振る。
「とにかく本来のお前の姿は可愛げがない」
「酷い言い様だなあ。潜在的な可愛さでどうにかなりませんか?」
そう言って上目遣いしてこようとしたので、「死にたくなかったらやめろ」と、近くの椅子に腰をかけた。
「可愛さなど微塵もないことなど、理解しているくせに」
「冗談ですよ。ところでどうでしたか? 初めての補習は」
「退屈だったに決まっているだろ」
腕を組みながらそう告げる。そんなわかりきった答えを聞いてどうするんだ。案の定「あなたからすればそうですよね」と答えるから、呆れたように溜息を吐いた。
「……あ。そういえば王太子がいたんだ。同じ補習の場に」
「王太子殿下が? あの方こそ補習など必要ないように思えましたが」
「そうじゃなく、ただそこにいたんだ」
「? どういうことですか」
「知らん。こっちが聞きたい」
じいっとただただこちらを見てきて、何がしたかったんだ。ノアは。
「ただ、そうだな。なんだか怪しんでたな。私のことを」
「もしかして、ヘスティア様だと疑っているんじゃないですか?」
「まさか、そんなわけないだろ。私のアリアの物真似はなかなかの出来だった」
「王太子殿下は勘もいいのですね。ますます惜しい」
話を逸らされた。
「それよりフェンリル」
「……」
「なんだ、その顔は」
「ああ、いや。なんとなく思っていましたが、あなたに名前で呼ばれるとなんだか気分が良いなと思いまして」
「……薄気味悪いことを言うな」
ぞっとしながら腕を擦ると、「それで、なんでしょう」とフェンリルが首を傾げた。




