程遠い氷華
はっきりそう言い切った私に、ノアは静かに「……よくも」と言葉を続ける。その声音が心なしか低く聞こえたのは気のせい……ではないだろう。
「あの方にそのようなことが言えるな。アリア・マグライア……」
「い、いやそんなに怒ることでもないだろ! 落ち着いてくれ、な?」
「お前の魔法にあの方の気配を感じたから、その原因を訊ねようとしたが……誤りだったな」
足首まで凍り付く。本格的に足が動かせなくなってきた。少し溶かすか。
「まさか大聖女様への敬意すらないやつだったなんて」
「いや、私は別にヘスティアを馬鹿にしたのではなく、この絵がおかしいと……」
「敬称をつけろ」
「だぁから、ヘスティア様を馬鹿になんかしてないって言ってるだろ!」
さりげなく火を手のひらから出そうとしたら、水で手を拘束するようにして包まれる。うわ、いつの間に。
さすがの速さだな……これは確かにあのインチキ魔法師も欲しがる人材……って感心している場合じゃない。
「じゃあ何故、この肖像画を探しに来た」
「それはもちろん、この肖像画を燃や……」
はっとする。もしも、燃やすなんて物騒なことを言ってみろ。
後々が面倒だとは思わないか、ヘスティア。
ええ、そう思うわヘスティア。
理由はよくわからないけれど、この王太子、あなたの肖像画にとても執着しているように思えるもの。
……と、心の中で小さなヘスティアが私に語り掛けてくる。
では、何と答えるべきか。燃や……もや……。
「もや? なんだ」
「もや……」
「……まさか、お前。今、燃やすと言おうとしていたんじゃ……」
「いやいや、まさか! も……モヤモヤ……しているから見にきたかっただけですわ。だって心がスッキリするではありませんか、大聖女様の肖像画を見ていると……」
うふふ……と微笑むと、じいっと疑うようにこちらを見たあと、ノアは「まあ、そうだな」と呟いた。
「あの方の肖像画を見れば、心が浄化されるのは当然だ」
「ふふ、本当に。そうですよね」
にこっとさらに微笑むと、ノアは足を踏み出して、こちらに近づいた。
思ったよりも近づいてきそうだったので、咄嗟に後退しようとすれば氷に足をとられていることを思い出して、そのまま後ろに倒れそうになった。
あ、と思う前に、手首を取られる。その瞬間、手のひらを拘束していた水が弾けるようになくなった。
「その笑い方は、あの方の真似か」
「え……」
「……」
目をぱちくりとさせると、ノアは顔を逸らすようにしてそのまま私の手を離した。
「そうやって同じように笑うのなら、そのどんくさい真似はやめろ」
「……」
「迷惑だ、あの方にとって」
ど、どんくさいって……こいつ。
「誰に向かって……!」
「なんだ」
「ううん、いいえ。何でもありませんわ。ちなみに殿下、この肖像画って、もしも間違えて汚したり傷をつけたりしたらどうなるのでしょう?」
「我が国の大聖女様への冒涜として、国外への追放だ。まあ、そのような処罰を下すよりも先に」
顔を上げて、ノアはじっと私を見ると。
「俺がその首を刎ねてやるがな」
冷め切った口調で答えた。氷華の王子よ……もはや華が消えて、氷漬けだぞ……その表情。
「まさかお前、この肖像画に何かするつもりなのか」
「……うふふ、まさか」
くそ、なんで。なんでだ!
私は、私の肖像画をこの世から消し去りたいだけなのに!
じいっと未だ疑い深くこちらを見ているノアに、にこーっと笑顔を作った。
私がアリアのふりをしていても、しなくても、この国の王太子を敵にするのは得策ではない。
仕方ない。しばらく肖像画を燃やすのは暫く諦めた方がよさそうだな。
「そんなことするわけがないじゃないですかぁ」
「……」
「それにしても王太子殿下は、この肖像画がとーっても大事なのですね。まさかヘスティア様に強い憧れでも?」
話を逸らすようにそう言えば、予想外の質問を受けたとばかりにノアは少し目を丸くしたあと。
「……お前には関係のないことだ」
ふい、と顔を逸らしていたが、少しだけ耳が赤かった。
ん?
なんだその反応は。
「王太子殿……」
「アリア・マグライア。あなたの魔法について、聞きたいことは山ほどあるが今日はこの辺りにしておく。わかったら早く聖堂から去れ」
追い出されるようにして、聖堂を後にする。
一体なんだったんだ、あいつは。
全く持って、氷華とは程遠い男だったぞ。




