大聖女様の肖像画
「……あの時の魔法」
「魔法?」
「空に放った精霊の光」
……ああ。スケープゴートの核を見つけ出すときに放ったあれか。
「あれを使ったのは、お前か」
「……」
まあ、使ったのは私だが。
「それを知ってどうするおつもりでしょう」
「事実かどうかを知りたいだけだ」
「……んー……」
じいっとその姿を見上げる。きらきらとした白銀の髪は龍の髭が靡く姿を思い出す。
龍と言うのは狡猾で陰湿で、疑り深い。こいつがどうかは知らないが、ここで素直に答えて面倒なことに巻き込まれるのもごめんだな。
私はアリアのために、この場所にいるわけだし。
「殿下の想像にお任せいたします」
「え……」
笑顔で答えて再び前を向く。予想外な返しをされて、驚いた顔をしていたが当然だろう。
王太子だからって誰もがそう、なんでもかんでも教えてくれると思うなよ。
あれほど見た目はいいのに不愛想だなんて。笑えば幸せがついてくると、大昔に教えた気がするのに。ああ、もったいない。アリアを見習え。
「……待ってくれ」
「!」
進行方向に回って来たノアに、「まだ何か?」と続ければ、彼は少し戸惑ったように一度、「あ……」と口を閉じ、そうして意を決したように続けた。
「水の壁で隠していたが。高度な技術が必要な魔法を何度も連発していただろう。それもあんな短い時間に」
「……」
「あのような芸当はフリューゲルの教師陣にだって出来るものは少ない」
アリアに成り代わっていることを念頭に置いてはいるのだが、フリューゲル全体の魔法学についても調べておくべきだった。
生徒たちの平均がわからないまま、魔法実技に参加してしまえば存在がさらに浮いてしまう。
今回だって課題に合格すればよかっただけの話なのに、ノアの反応を見るに、どうやら私はやりすぎてしまったようだ。
「課題用のスケープゴートだって、あのように変化して暴走するだなんて……普段だったらあり得ない。お前は本当に、あのアリア・マグライアなのか」
「……」
「もしそうなら、どうして今までその力を隠していた」
なんだ、ノアのやつ。
どうしてこんなに、必死なのだ。
「誰か教えてくれている師がいるのか。もし、そうなら……」
「王太子殿下」
久々に話すのだから、もっと会話を弾ませたい気持ちはあるが、アリアのことを思うと交友関係を勝手に広げるわけにもいかない。
仕方ないが、さくっと話を終わらせておくか。
「先ほど申し上げた通り、わたくしは気まぐれな精霊に好かれやすい体質なんです」
「……」
「だから、気分に左右されるだけで特別なことは何もありません。それに殿下だって、水の壁で何も見えていなかったはずでしょう?」
ノアがじっとこちらを見下ろす。やたら真っすぐと目を合わせてくる男だな。
「ならば憶測で話すのは、お控えください」
そして横目でふと廊下の外を見れば、聖堂らしき建物が見えた。
「あれは……」
はっとしながらその建物を見て、そうして再びノアを見る。すると彼は不思議そうな顔をして、私の視線をなぞるように建物に目を向けた。
「王太子殿下! つかぬことをお聞きしますが、あれはフリューゲル聖堂ですか?」
「え……ああ、そうだ……」
が、とノアが続けようとするよりも先に、「わかった、教えてくれてありがとう!」と駆け出す。アステルに教えてもらう手間が省けたな。
「あ……待て、何をしに行くんだ!」
「ちょっと大聖女様の肖像画を見に! じゃあ、また……じゃなかった、ごきげんよう、殿下!」
手を振りながら駆けていく私に、ノアは引き留めようと手を伸ばしていたが、私はそれに気づかないままその場から走り去った。
そして、フリューゲル聖堂までやってくる。近くで見ると、アプロディーテの教会ほどじゃないが、かなり大きくて立派な建物だった。大昔に訪れたような気もするが、あまり覚えてない。
まあ、そんな記憶どうだっていいか。ひとまず肖像画をこの世から消してしまえば……。
「ヘスティア・アプロディーテの肖像画なら、そっち側から入った聖堂にはない」
「え……ノア……王太子殿下!? なんで……ついてきたんですか?」
「急に走り出すから、何かあったのかと気になったんだ」
「そ……」
そういうものなのか、と思いつつ、「それで」と後ろにいたノアを見上げた。
「肖像画はどこにあるのか、殿下はご存知ですか?」
「……」
にこおっと笑顔を作った私に、ノアは表情ひとつ変えないまま歩き出した。
もしかして案内をしてくれるのか……?
不愛想な顔をしつつも、普通に親切なんだな。と、少し嬉しい気持ちになりながらその後についていくと、ノアは聖堂の後ろに回って行った。
そして、裏側にも表についていたような扉があり、それを押すように開く。
中は広い講堂になっており、礼拝堂がないところを見ると、恐らく表から入った場合は普通の教会のような造りになっているのかもな、と一人で納得した。
「この講堂は何に使用しているんですか」
「……行事ごとに使用しているだろう。忘れたのか」
「おほほ、申し訳ありません殿下。わたくし、この間から少々記憶喪失なんです」
「…………」
何を言ってるんだ、と言いたげな怪訝そうな目で見られたが、まあいい。
ひとまず私の肖像画のところまで行くことができれば……。
しばらく廊下を歩くと、左右に分かれた半円の階段があった。そしてその階段を上がると、踊り場の開けたところに、それはそれは大きな額縁にはめられた、私の肖像画が……って。
「誰だこれは!?」
可憐な描かれ方をしている私に似た女。にこっと慈愛に満ちた笑顔が、美しい花にきらきらと囲まれている。
心なしか目に輝きを増しているし、睫毛だってばさばさだ。
「誰って……」
「いくらなんでもこれはないだろ!」
「……は」
「これを描いた画家はどうかしているんじゃないのか!」
「……あなたは、この絵がヘスティア様に見えないと言いたいのか」
「だってそうだろ。やりすぎだ、こんなの! さすがにここまできらきらしているわけが……」
パキパキ、と足元が凍り付く。は? と足元を見ると、氷の床が私の靴を固めるようにして広がっていた。
「……ろ」
「え? なんて……」
「今すぐに訂正しろ」
ぞっとするような魔力の放出を肌に感じると同時に、その男の目からハイライトが消えていく。
え? ノア?
なんでか知らないが、すごく怒っている。
「ちょ、ちょっと待て、なんでお前が怒ってるんだ……!」
「あの方を馬鹿にするやつは、相手がどんなやつでも許さない」
「い、いやいや! だってこの肖像画は絶対に変だろ!」
この肖像画の主である私が言うんだから、そうに違いない!
「変じゃない」
「変だ!」
「変じゃない!」
「変だ!! だって見ろ! わた……ヘスティアの周りに花が飛んでるなんてあり得ない! あいつは全く繊細ではないし、本当にがさつなんだ!」
自分で言うのもなんだけど。




