第9話「第二騎兵連隊(後編)」
若い将校の指さす先。それを見て、あんぐりと口をあけたギーラン卿……。
「なんだあれはぁぁっぁああああああ!!」
その目に映る非現実的な光景。
……それは一言で言うなら───白い花、だった?
グレーの空を埋め尽くす、
黒衣の軍勢がぶら下がる白い花。ドラゴンがバラまく白い花───……。
花……??
「ッ?!……い、いかん!! て、敵だ!! あれは敵だ!!……異端者ナセルだ!!」
それは、ギーラン卿とて初めて見る光景だが、奴らが敵意を持った存在だとぐらい推測できる。
……いや、できてしまう!!
でなければ、誰がドラゴンに乗って舞い降りるというのか?!
……そんなのは、王国に恨みを抱く異端者ナセルしかいないッ!
なぜなら、異端者ナセル・バージニアは王国に微塵も好意を抱いていないのだから!!
「そ、総員起こし!! 総員起こしッ!! いや、」
───すぅぅ、
「非常呼集だぁぁっぁあああああああああ!!」
「ッ?!」
ギーラン卿の声に弾かれたように動く将校と、部屋の前に控えていた副官と兵士たち。
その動きすら遅く思える程の異常事態だ。
だが、
「急げ急げ! さっさと動けぇぇぇえええ!!」
今すぐ全兵士をたたき起こし、すべての兵力を「あれ」に指向しろぉぉぉおおおおおおお!!
緊急配備でも間に合わん!!
とにかく、数だ!! 数を集めろ───だから非常虎秀で非番の物もたたき起こして呼び集めろぉぉぉおおおおお!!
「非常呼集!! 非常呼集ぅぅううう」
「急げぇぇぇぇええええええええ!!」
カンカンカン!!
カンカンカンッ!!
ギーラン卿に指示された当直将校がけたたましく警鐘を叩きならす。
さらに飛び起きた幹部クラスの騎士が続々とそれに従い、武装もそこそこに会議室に飛び込んでいく!
「急げ急げ!」
「何か知らんが急げ急げぇっぇええええええええええええええええ!!」
わーわーわー!
わーわーわー!!
そして、
───バンッ!! と、大きな音を立てて威容を整えたギーラン卿が会議室に入ると、息も絶え絶えで、汗だくの幕僚が居並び敬礼する。
そのズラリと並んだ幕僚に鷹揚に答礼しつつ、顎で報告を促した。
「──報告を!」
は、はい!!
「───げ、現在情報を収集中!」
「遅い! まずは部隊を集めよッ!」
「りょ、了解!!」
カンカンカンッ!!
カンカンカンッ!!
鳴り響く警鐘と、軍人たちの怒号が飛び交うなか、
グレーに染まる雲一つない寒空は、白い花に埋め尽くされていた。
その数……数百??
いや……いっそ無数と言ってもいいほどだ!!
「と、ところで、れ、連隊長殿?! あ、あれは一体……」
狼狽する当直将校。
「ま、魔法兵団の、なにか実験なのでは?」
希望的観測を言う主席幕僚。
「ど、どうしましょうか?」
指示待ちしかできない副官……。
「──えええぃ! 黙れ!!」
知るか、アホどもめがぁぁあ!!!
会議室の大テーブルをぶっ叩いて幕僚らを鎮めるギーラン卿。
───バァァッァアアアン!!
この後に及んでも、危機感すらを感じていない部下どもに苛立ちを募らせると、
「……何をしておるかぁぁあ!! 敵かどうかを聞いてから部隊を動かすつもりか、馬鹿者が!!……その足りない頭を使って理解できんのなら、動け動け、動けぇぇぇえ!!」
「「「は、ははーー!!」」」
まったく、一から十まで言わんとわからんのか!! といら立ちを募らせるギーラン卿。
「──先ほど、緊急着陸した魔法兵団の物見から報告があったわッ!!……奴らは異端者ナセル・バージニアで間違いないッ!! そして、それに与するバンメル元帥だ!!──そうとも。我らの怨敵と英雄が同時に魔王軍に与して我らに牙を剥いておる!! つまり、人類の裏切り者じゃぁあああ!!」
「「「な、何だってぇぇぇえええ?!」」」
目を引ん剝く幕僚たちを見て、青筋を立てるギーラン卿。
いくら士気が低下しているからと言って、この体たらく───!!
「ばッかもーーーーーーーーーん! 何だその態度はぁぁぁあ!!」
ビシィ!! と反射的に敬礼を返す幕僚を見て怒気を吐き出す。
「「「も、申し訳ありませぇぇぇえん!!」」」
「やかましい!!……まずは急ぎ準備出撃を整えろ! あと、さっさと当直についている初動の部隊を偵察に出せッ! そのための待機部隊だろうが!!」
「は、はいー!!」
慌てて駆けだしていく当直部隊の小隊長。
まったく……!
どいつもこいつも、なっちゃいない!
内心で盛大に舌打ちをしつつも、開けだした当直部隊を見送りつつ頭を抱える。
この状況はまずい。部隊の集結状況を鑑みて、現状では間に合わないだろう。
……それほどに、敵の攻撃は奇抜かつ迅速だ。
まさか、空から降ってくるとは……。
「……やってくれる、異端者めがッ!」
ギリリと歯をかみしめるギーラン卿であったが、
だが、逆にチャンスでもあると心が躍っていた。
なにせ、強襲されたとはいえ、ここはギーラン卿の本拠地だ。
ここは数千の強者が駐屯する兵舎にして───策源地。そして、王国最強の騎兵連隊の本部なのだ!
「……くくく、舐め腐りおってからに。しかーーーし、襲った相手が悪かったなぁ!」
動揺する心すら戦意で塗りつぶしていくギーラン卿。
よもやよもや……! これすなわち、奇貨であると───。
「くっくっく! いいだろう、いいだろう!! 異端者めがッ! あくまでも王国を裏切り、魔王軍に与するというなら───その首、王都の凱旋の御印となってもらうまでよ!!」
王都奪還に失敗した第一騎兵連隊。
……その悲願をギーラン卿の第二騎兵連隊が達成するのだ!!
しかも、その下手人の首級を従えてなぁぁぁあああああ!!
「くくくくく……。ぐはははははははははは! はーーーーーっはっはっはっはっは!!」
これで文字通り救国の英雄!
文字通りの最強!!
勇者など目ではない!!
「あぁ、そうだとも───!!」
これが天から舞い降りたチャンス!!
王都が陥落し、王族が不在の今!!
「このギーラン・サーディスが救国の英雄として凱旋し、『王』となることも可能であるよなぁっぁあああ!!」
はーーーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっは!!
こんな辺境の地で部隊長をやらされている身を呪ったこともあるが、今となってはそれこそが天啓だったのだとギーラン卿が確信する。
そして、天から餌をぶら下げて異端者がやってきた。
ナセル・バージニアがやってきた!!
大手柄がやってきたぁぁっぁあああああああああああ!!
ニィ──と、闘争心をむき出しにして笑うと、部下を呼びつけ自らの武装を用意させる。
「おい! わしのハルバードと馬を持ってこい! 主力は、わし自ら率いる!」
「は、ははー!!」
どうせなら、自ら首を刎ねた方が拍がつくというもの。
くくくくくく。
「ぐぁーーーーーーーはっはっはっはっは!! これは愉快じゃぁぁああああ!!」
まさか、空から兵が降ってくるという奇策には驚いたものの、こちらは腐っても王国最精鋭の騎兵連隊。
これまでも、魔王軍との戦いなら何度となく潜り抜けているのだ。……これしきの奇策で動揺などするものかよ。
「さぁ!! 立て、貴様ら!───我らは王国野戦師団が主力!……神速の第二騎兵連隊であるッ!」
……甘く見るなよ、異端者!
目にもの見せてくれるわッ!!
「奴の命を取れ!! その四肢をもぎ取り、腸を引きずり出し、首級を掲げたものには望みの物をなんでもくれてやる!! 爵位も、女も金も自由にしてよいぞぉぉぉぉおおおおお!!」
「「「お、……おおおおおおおおう!!」」」
望外の褒美に沸き立つ騎士に兵士たち。
奮起させ、戦意を掻き立てる。これこそが統率!!
ギーラン卿自身、決意を新たにすると、居並ぶ幕僚にてきぱきと指示を出していくのだ!
「第二騎兵連隊、対ドラゴン戦──用ぉぉぉおお意ッ」
「「「おおおおう!!」」」
まさかまさか、万に一つも負ける要素はないとばかりに───。
そのせいか、先ほどのほんの少し、疑問に感じた「なぜナセルが戦力的価値のないここを強襲するのか?」とそこに至った考えをアッサリと戦意に塗りつぶしてしまった。
それこそが最重要なことであったというのに……だ。
───すぅぅ……。
「全軍出撃じゃぁぁぁっぁああああ!! 武器庫をあけぇぇぇい!! ミスリル製のランスを出せ!! ポーションも強化薬も全部出せ! 出し惜しみをするな!! 装重装騎兵による突撃で敵を完全に粉砕し、異端者のドラゴンなど叩きつぶしてくれるわッ!」
「「「ははーッ!」」」
ババンッ!! と、全幕僚の敬礼を受けつつ気持ちよく笑うギーラン卿。
心は既に勝利者の気分だ。
──ははははは! ドラゴンなど何頭いようと物の数ではない!!
「……ドラゴン召喚士、なにするものぞ!! さぁ、我らの強み、存分に思い知らせてやれぇ!!」
ぐわーーはははははははははははは!!
盛大に笑うギーランは侍従から装備を受け取ると、頑丈なヘルムを被り、ガシャンと面覆いを下す。
その手には、そうミスリル製の青銀に輝くハルバードを構えると、再び笑う!!
「ぐわーーーーーーーははははははははははははははは!!」
その内面からは、ナセルを註することができる愉悦がにじみ出ていた。
……だが、この日。
第二騎兵連隊最悪の日となることをギーラン卿はまだ知らない。
そう。相手がドラゴン召喚士だと信じて疑っていない───。




