マゴーネ進撃
準備を終えたマゴーネ艦隊は南進を開始した
港の収容力、艦隊の規模を考え、マゴーネは艦隊は3つに分けた、1番奥の港から進む艦隊が、港に到着すれば、港にいた艦隊が押し出され先に進む
この運用は戦闘時にも適用された
先に、敵港に到着していた艦隊、以後第一艦隊と呼称が、港を制圧していれば、補給だけ済ませた。第二艦隊が追い抜いていく。第3艦隊もこれに続き先を目指す
第一艦隊が制圧できず港を封鎖している場合は
これを追い抜いて、第2、第3艦隊は、先の港を目指した
決して止まるな、ここは任せた先へ行く。
が、艦隊の戦略の基本方針だった
マゴーネの飛び石と呼ばれる、敵を飛ばし先へ進む
進撃は続いた
港が落ちれば後方へ連絡船が出され、兵員を運ぶ帆船が届いた、後詰の兵に寄って、港は確保されて大砲が設置され、補給物資が運び込まれた
海上おいて連絡手段は無い、船で伝えるが、1番早くなる、港を封鎖されれば連絡手段はなかった
陸路伝令を走らせても、到着前に、その港が落ちてることもあった、マラソンと言う競技は誕生しなかった
中間目的地の港に達すると、集結した艦隊司令部を
集めマゴーネは指示を下した
以後この戦い方を継続、港を制圧し、南下せよ
戦法が有益である事は確認が取れた
ここまでくれば、後は、部下が命令を実行するのみ
マゴーネ本人は、帆船へ乗り換えると季節風に乗り
一気にインド洋を横断、東のマラッカ海峡へ達した
指揮官自体が動くのが1番確実な連絡方法だった
事前に集積されていた大砲、物資を用い、陣地を築きマラッカ海峡は封鎖された、1年もかからぬ早業だった
準備期間の方が長かった
西にマゴーネの城壁が作られ、東の出入り口である
海峡は封鎖された、気づかぬうちに、ポルトガル艦隊は湖と化したインド洋に閉じ込められていた
包囲からの殲滅が行われようとしていた




