表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第五章 頂上
PR
57/59

57.根

「無理だ。こんな枯れた荒野で、塔にいる全人間の食糧を賄う方法なんてひとつもない!」

「文化とは、生命が脅かされることのない安寧の中でしか育ちません。それを捨てるあなたの判断は、文化を破り捨てる行為に等しい」

「いつ裏切るかも知れない機械に背中を預けるだと! そんな真似ができるものか!」

 もはや何度目かもわからない門前払い。MIであるアルマは本来、極めて正確に数値を出すことができるのだが、途中からはもう数えるのを放棄していた。

「フー……」

 徒労感がため息となって吐き出される。ノアの告白によってプライドを傷つけられた上層民たちのアルマに対する拒絶反応は想像以上だった。このままではMIとの和解、協力どころか人間側の意志をひとつにまとめることすら叶わない。

 やはりウォルターやエミリーにも手伝ってもらうべきだったかもしれないと、アルマは後悔し始めていた。同じ上層民である彼らの話ならもう少し聞く耳を持ってくれる可能性はある。だがそれでは意味がない。どれだけ歩み寄ろうとしても、人間と機械は根本的な部分がまったく違っている。心と身体にその両方を宿すアルマでなければ、本当の意味で人間と機械を対等な立場で結ぶ架け橋にはなれない。なんとしても、己の力でやり遂げなければ。ノアが地球に思いを残すことなく旅立つためにも。


 結局今日も何の手応えも得られないまま、アルマは下層から上層までを結ぶエレベーターに乗って「Bar Salgado」へ向かっていた。最近では長官室や自分の私室にいるよりサルガドの店にいる時間の方が長い。それはミコがいない寂しさを埋めるという極めて人間的なものの他にもうひとつ、塔の未来を左右する極めて重要な理由があった。

「アルマ、おかえり!」

 アルマの姿を見つけたリリアが、額に汗を滲ませながら手を振る。一年を通じて快適な気温が維持されている塔の内部でなぜリリアが汗を流しているのかは、彼女の頬や手が土で汚れている原因と完全に一致していた。

「ただいま、リリア」

「……疲れてる?」

 そう言われて、リリアに勘付かれてしまうほど疲労が表情に出ていたことに気付き、慌てて笑顔を作る。

「ううん、問題ない。それより、畑の様子はどう?」

「まだ芽は出てこないね……」

 持っていたスコップを地面に差しながら、気落ちした声でリリアが答えた。

 サルガドの店の隣の空き地は現在畑になっている。荒野で食糧を得る方法を模索するためだ。作物を植える土は、ウォルターに頼んで荒野から運んでもらった。真っ先にアルマを手伝うと名乗り出たリリアが中心となって頑張ってくれているが、進捗は芳しくない。

「何がいけないんだろう……」

 生産省が言っていた通り、荒野の土が枯れているのが原因なのだとは思う。だが対策方法がわからない。アルマもリリアも農業の知識など皆無だからだ。そしてそれはウォルターたち大人も同じく、塔の食糧生産を実質ノアに全て任せきりにしていたツケが回ってきたと言える。

『あの……』

 振り返ると、声の主は一人のアンドロイドだった。

『この土には、植物が生育するために足りない成分がいくつかあります。それを加えれば、十分に畑作が可能だと考えます』

 彼は土に手をあてて感触を確かめ、丁寧に噛み砕きながらアルマとリリアに知識を授けてくれた。

「ありがとう!」

『……いいえ。私もさまざまな人の営みを教えていただきましたから、ほんのお返しです』

 そう言って振り返った先では、オースティンをはじめとする中層の文化人たちが歌や踊り、絵描きやものづくりなどを下層民の子どもたち、そしてアンドロイドにも分け隔てなく教えるワークショップのようなものが開かれている。その光景を見てアルマは、改めて人と機械は対等の存在になれると確信を深めた。互いに未知を与え与えられ、それが循環して新しい世界が構築されていくのだと。

「機械獣とのコンタクトは可能なのか?」

『ネットワークの接続ができればあるいは……』

「うまいこと労働力にできないかな?」

 別の場所では、ブラウン兄弟とウォルターがMI装甲兵と荒野を徘徊する機械獣の対策について相談している。

「アルマさん、リリアちゃん。お茶を淹れたので、少し休憩しませんか。あ、オイルもありますよ」

 エプロン姿のエミリーが飲み物を載せたトレーを持ってこちらへ歩いてくる。エミリーはバーの仕事が存外性に合っているようで、あの日以降もちょくちょくサルガドの手伝いに来ている。本人曰く研究の息抜きらしいが、仕事の気分転換に別の仕事をする感情が理解できないのは自分がMIだからなのかは分からない。

 ウォルター。サルガド。リリア。オースティン。エミリー。ケビン。彼らのいるこの光景はアルマが塔の下層から歩んできた道程そのものだ。もちろん、ここに至るまでのアルマの人格を形成した博士、ジェニィ、キスケ、そしてシェルターの仲間たちも。

 ただ塔の上を見ていた人間が、そのシステムを回す歯車だったMIが、もう一度地上に根を張り、力強く伸ばそうとしている。ここから始まるのだ。ねえ、ミコ。早くあなたにも見てほしい。私たちがともに生きる新しい世界を。

 その後も苦労は絶えなかった。うまくいくより失敗することの方が多かった。最後まで平和省とは衝突し続けた。時に迷い、疑い、悩み、心が折れかけ、それでも私たちは前に進み続けた。

 そしてついに、ノアが目覚める日がやってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ