52.悪い報せ
「アルマ。入ってもいいかい?」
「どうぞ」
アルマがそう答えると同時に自室のドアが開き、その奥からウォルターとケビンが顔を覗かせた。
「体調はどう?」
「別に怪我をしたわけでもないから、心配する必要はない」
ウォルターの問いかけに、アルマがベッドの上から答える。
「まあそれでも、大仕事を終えたばかりだし、今日のところはゆっくり休んだほうがいい」
平和省によるアルマ襲撃を鎮圧し長官らが連行された後、いつまでも黙りこくったままその場から動かないアルマに気付いたウォルターは、すぐさまMIロボットに彼女を医務室へ連れていくよう命じた。実際のところはただ己の頭の中で思想に耽っていただけで外傷も見当たらなかったため、医師の指示で自室に戻って休養している。
「塔の状況は?」
「多少の混乱は起きていますが、思っていたよりもずっと落ち着いています。下層はサルガド氏が、中層はオースティン博士が中心になって他の住人たちを取りまとめてくれているようです」
「そう……よかった」
ケビンの報告に、ほっと胸を撫で下ろすアルマ。
「理由は二人の影響力やリーダーシップのおかげもあるけど、一番は下層、中層で過ごした時間を通じて住人たちにアルマの人となりが伝わっていたことが大きい」
サルガドや酒場の客たちは大きな危険を冒してアルマを守るために駆けつけてくれた。中層でも同様に、だがアルマの意志に反対する勢力が上層に乗り込もうとしていたようだが、中層一の有力者であるオースティンと彼の賛同者が抑えていてくれたらしい。
「反対に上層民はひどく動揺しているよ。平和省は当然だけど、生産省や文化省、それに技術省の一部でも職員の衝突が起きてて、ノアの決定を中止させようと画策している者までいる。まったく、何が人格者の集まりなんだか、聞いて呆れるよ」
「急なことで混乱するのは仕方ないし、色々な意見が出ることはわかっていた」
苛立ち混じりのため息を漏らすウォルターを宥めるようにアルマが言う。塔にいる全ての人から賛同を得られるなどとは最初から思っていない。しかし、ノアとの対話にあたりさまざまな面でサポートしてくれたウォルターやケビンのような人も上層には存在する。今はそれで十分だ。
「明日からはアルマ、君にも反対勢力の対応にあたってもらうことになる。負担をかけて申し訳ないけれど……」
「もちろん。この事態を引き起こした責任は私にある」
アルマの迷いなき返答に小さく頷いた後、ウォルターは歯の間に何かが挟まったような、言葉にするのを躊躇っているような微妙な表情でアルマに目をやった。
「どうしたの?」
訊ねると、ウォルターは意を決したように口を開く。
「……落ち着いて聞いて欲しいんだけれど、もうひとつ君に伝えておかなければならない、悪い報せがあるんだ」
「ミコ!」
「……うるさいな。研究室では静かにしてくれないか」
大声で叫びながら自身の研究室へ駆け込んできたアルマを見て、サエグサ教授が顔を顰める。側のテーブルの上には、野球ボールにプロペラを付けたようなミコの機体の上半分が取り除かれ、内部の機構が剥き出しの状態になっていた。
「ミコ……ああ、そんな……」
変わり果てたミコの姿にアルマが絶望の声を上げる。
『落ち着いてください、アルマ。プロフェッサー・サエグサに、機体をクリーニングしていただいているだけですよ』
ミコの言葉でサエグサのほうを振り返ると、彼はアルマに目もくれず、クリーナー剤と布を使ってミコのボディパーツの一部を磨いていた。
「アルマ……待って……!」
遅れること十数秒、自室を飛び出したアルマを追ってウォルターとケビンがようやく研究室へ辿り着いた。
「お前たちのうち誰もミコを定期メンテナンスに出すことを彼女に勧めていなかったのか。荒野の砂嵐に長期間晒されれば、動作に支障が出るのは当然だろう。まったく、これだからロボットの基礎も知らない若造は……」
「す、すみません」
呼吸を整える間もなく浴びせられるサエグサの叱責に、二人はすぐさま姿勢を正し己の非を認めた。最新型のMIロボットは自己修復機能を標準で備えているためほぼメンテナンスの必要がなく、自己修復できないほどの故障時のみ警告してくれる。当然ながら、旧式のMIとありあわせの部品を組み合わせて作られたミコにそんな便利な機能は搭載されていない。
「それじゃあ、ミコは……」
ウォルターから伝えられた悪い報せ。それはミコが危険な状態にあり、二度と動かなくなってしまう可能性を示唆するものだった。確かにこの頃調子が悪そうではあったが、まさかそこまで酷いとは思ってもみなかったアルマはウォルターたちが制止する声も聞かず急いでここへ駆けつけたのだった。
「色々とガタは来ているが、しっかりメンテナンスすれば調子は戻るだろう。まあ、少しばかり時間はかかるだろうが」
『そういう訳で、しばらくのあいだアルマのそばにいることができないのです。大事なときにサポートロボットとしての役目を果たせず、申し訳ありません』
「そうだったの……」
全身の力が抜け、その場にへたり込むアルマ。もちろんウォルターもその旨を伝えるつもりでいたのだが、最後まで話し終えるより先にアルマが部屋を飛び出してしまったのだ。
「ごめんなさい、ミコ。ちゃんとメンテナンスをしていれば」
『いいえ。私ももっと注意するべきでした。でも、心配してくれてありがとうございます。アルマ』
まるで嵐のようにアルマたちが過ぎ去り、再び静けさを取り戻した研究室で、部品を丁寧に磨き上げながらサエグサがミコに訊ねる。
「本当のことを言わなくてよかったのか?」
『はい。ノアは個人的な事柄がアルマの意志に僅かでも影響を与えることを望んでいません。そして、私もその考えに同意しています』
聞きながらサエグサは、正直で公平だが融通の効かない機械が意志を持つとこういう面倒ごとが起こるのかと、心の中でため息を吐いた。




