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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第五章 頂上
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51.衝突

「ウォルター・ブラッド……なぜ貴様がここにいる」

「なぜって……そりゃあ上司の危機に部下が駆けつけるのは当然でしょう」

 動揺する平和省長官に対し、ウォルターが余裕たっぷりに答える。

「技術省の建物は完全に封鎖されているはずだ!」

「ああ、あなた方ならそうするだろうと思って、あらかじめ数台のMIロボットたちを建物の外に待機させていたんです」

 ウォルターはアルマの計画が実行された後の平和省の動きを予測し、抜け目ない対策を講じていた。

「……やはり組織ぐるみでクーデターを計画していたか。技術省のロボットだけが今まで通り動いているのが何よりの証拠だ」

「違いますよ」

「なに!?」

「単純に、あなた方のほうが『塔の安全を脅かす存在』だと見做されているということです」

「貴様……!」

 長官の顔が怒りに染まっていく。まずい、このままでは。

「戦闘用でもないロボットを連れた技術者風情に何ができる。貴様もまとめて始末してやるから、覚悟しろ!」

 長官の言う通り技術省にいるMIロボットは業務のサポート用であり、武器や戦闘能力を保持することは禁じられている。銃を持った平和省の兵士に敵うはずがない。

「ウォルター!」

 兵士たちの銃口がウォルターのほうへ向けられるのを見た瞬間、思わずアルマが飛び出し、腰に差したジェニィの銃とキスケのブレードに手をかける。こうなってしまったらもう、私が彼らを倒すしかこの場を収める方法はない。

「大丈夫だ、アルマ。君を助けに来たのは僕だけじゃない」

 ウォルターがアルマに向かってそう笑いかけると同時に、彼の後方から無数の声と足音が近づいていることに気付いた。


「ウオオオオオオッ!!」

「な、何者だ!?」

 獣が唸るような叫びとともに地面を踏み鳴らしてこちらへ向かってくる人波、その全容が徐々に露わになっていく。その先頭に立つひとりの男を目に留めたアルマが、思わず声を上げた。

「サルガド!?」

 折り目正しく整えられたスーツや制服に身を包む上層民とはかけ離れた、着古して破れやほつれの目立つ服装の隙間からMI義手や義足、そして鍛えられた己の肉体を覗かせる屈強な男たち。

「アルマ、ここは俺たちに任せろ! 人間の問題は、人間同士で片を付ける!」

 MIの埋め込まれた義手を振り上げ、サルガドが兵士たちに向かって飛び込んでいく。怪我によって引退するまで、彼は闘技場でも成績上位の選手だった。

「なぜここに下層民どもが……制圧しろ、殺しても構わん!!」

 思わぬ増援に狼狽えながらも、立て直しを図る兵士たち。しかし、実際の治安維持活動をMI装甲兵に任せほぼ安全な上層での訓練しかしていなかった平和省の兵士と、人間同士で、また時には機械獣(マシンビースト)とも生死を懸け闘技場で戦ってきた下層民とでは培った実戦経験がまったく違う。

「兵士から銃を奪って無力化するんだ!」

 さらに、ウォルターの指示に従い技術省のMIロボットが下層民の戦士たちの間を縫うように移動し、兵士の持つ銃に向かって飛びかかる。ロボットたち自体に戦闘力はないが、攻撃手段さえ奪ってしまえばもはやなす術はない。ひとり、またひとりと無力化されていく兵士。

「くそっ、こうなったら……ブラウン、お前の方の人員たちをこちらへ集めろ!」

 通信機を使い、技術省の建物及び上層と中層を結ぶエレベーターの封鎖を行っている部隊の指揮官に指示を送る。しかし、通信機からは何の応答も返ってこない。そもそも上層へのルートは封鎖しているはずなのに、なぜこうも容易く下層民の侵入を許している、いったい何をやっているんだ、あいつらは。

 その理由はすぐに明らかとなった。下層民たちの背中に続くように現れたのは、封鎖任務にあたっているはずのブラウン指揮官。その隣には、技術省に勤める彼の弟、ケビンの姿があった。

「ブラウン! 貴様、まさか裏切ったのか!?」

 怒り狂う長官の声に一切怯む様子もなく、ブラウン指揮官は隣にいるケビンと同じほどの長身に訓練で鍛えた逞しい身体で直立し胸を張って堂々と答えた。

「もう止めましょう、長官。いまの我々の行いは『平和省』の名に相応しくありません」

 その言葉を聞いた長官はがっくりと肩を落とし、半ば諦めたように呟く。

「彼女がこの世界に何をもたらそうとしているのかわからんのか……いや、わからないだろうな、君たちのような若い世代には……」

 その後、程なくして平和省の兵士たちは制圧された。負傷者は数名いたものの、下層民、上層の兵士の双方ともに奇跡的に死者は一人も出ず、長官も含め拘束された兵士たちは大人しく連行されていった。

「サルガド……!」

「久しぶりだな、アルマ。無事でよかったよ」

 駆け寄ってきたアルマの頭に、サルガドが右腕を置く。そこから義手に埋め込まれたMIの、サルガドを守ることができた喜びの感情が伝わってきた。

「あなたたちも、手を出さないでいてくれてありがとう。人間側の結論が出るまでは、今まで通り仕事を続けていてくれる?」

『わかりました。人間、MIの双方にとって良い未来に繋がることを祈っています』

 アルマの問いにそう答えると、総督府のアンドロイド、ロボットたちは足早に建物の中へ戻っていった。

「この騒動の直後で、よく普通にしていられるもんだな……」

 近くで誰かが冷めた口調で呟くのが聞こえるのと同時に、サルガドの義手から伝わる喜びの感情も失われていった。

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