50.対峙
塔の最上階、コントロールルームを後にしたアルマとミコは、ここへ来たのと同じ通路を辿ってエレベーターに乗り込んだ。
「ミコ。ノアのメッセージは見た?」
『はい、確認しました』
「内容は……」
『アルマに伝えないことがノアの望みですが、MIであるノアに私へ指示を強制する権限はありません。お伝えしますか?』
「……それじゃあ、やめておく」
あれだけ偉そうなことを言っておきながらノアの意志を尊重しなければ本末転倒だ。ミコもそれをわかった上で前置きしたのだろう。
エレベーターが停止し、ドアが左右に開く。ホールへ出ると、入った時にはいたはずのアンドロイドたちがなぜか姿を消していて、総督府の建物内は静まり返っていた。ノアはスリープモードに入っているが、他のロボットたちは通常通り稼働しているはずだ。
『どうやらほとんどのロボットが、建物の外にいます』
MIネットワークを通じてミコがロボットたちの位置を割り出し、アルマに伝える。
「なぜ?」
『わかりません……ただ、急いだ方が良さそうです』
ミコが言うのとほぼ同時に、不穏な空気を感じ取ったアルマが建物の入口に向かって走り出す。いったい、外で何が起きているというのか。
総督府の外に繋がる扉は固く閉ざされていた。来たときは前に立てば自動で開いたはずだが、今はアルマが外に出るのを拒むように微動だにしない。
「お願い、開けて」
アルマがそう言うと、葛藤するように暫しの間が空いた後、ゆっくりと左右に扉が開いていく。扉の向こう、アルマの目にまず最初に映ったのは入口の前にずらりと並ぶMI装甲兵やアンドロイドの背中。そしてその奥には、武器を構え銃口と敵意をこちらに向ける人間たちの姿があった。
「アルマ・シュナイダー。貴様は塔の秩序を乱し全ての住人の安全を脅かした。抵抗は止めて大人しく我々の指示に従え」
装甲を身に付け肩膝立ちで銃を構えている人間の兵士たちの列の背後に立つスーツ姿の人物が、慇懃な声でアルマに告げる。スーツの襟元にはアルマが身につけているものによく似たピンバッジが差されている。おそらく平和省の長官だろう。
「抵抗?」
抵抗も何も、私は建物の外へ出ただけだ。塔の秩序……の部分については、心当たりがないわけでもないが。
「貴様がチャールズ・オースティンとの共同でMIを意のままに支配する研究を行っていたことは分かっている。それを使ってバベルやそこにいるロボットたちを操っているんだろう」
「私にそんな力はない」
オースティンと私の研究は、むしろMIを支配から脱却させることを目指したものであり、私に何らかの力があるとするならば、それはMIが気付いていない「心」の在処を教えてあげることだけだ。
「ならば、なぜ突然平和省のMI装甲兵が命令を無視するようになった」
なるほど。だから慌てて人間の兵士たちをかき集めてここで私が来るのを待っていたということか。塔の中にいるMIロボットはネットワークでバベルの思考とリンクしている。つまり彼らも、己の意志に従って。
「さあ、早くバベルの洗脳を解け」
「だから、そんな力はないと言っている」
「嘘を吐くな、塔に危険をもたらす反逆者め!」
平和省長官の叫び声が周囲に響き渡る。駄目だ、まるで聞く耳を持たない。ノアの告白によってこれまで支配者として君臨してきた上層民、中でも下層民を取り締まってきた平和省の面目は丸潰れだ。彼らが威信を取り戻すには、私を悪と見做すのが最も手っ取り早い。
「ノアは最終的な結論を人間に委ねた。私が反逆者かどうかを決めるのは、あなたではなくこの塔にいるすべての人だ」
「議論の必要などない! これ以上抵抗を続けるなら、強行突破して私自らバベルを起こしに行くことになる」
銃を持つ兵士たちの手に力が込められるのを見て、ノアはこれまでずっと彼らのような人間と向き合い続けてきたのだとアルマは実感した。
「人間は永遠にMIに守ってもらわなければ生きていけないほど弱い生き物なの?」
「黙れ。とにかくバベルには今まで通り我々人類のために働いてもらわなければならない」
「ノアの意志を無視して?」
「何がMIの意志だ。機械の存在意義など、人間の役に立つことの他に無いだろう!」
頭の中がすうっと冷えていく感覚に襲われる。これまでアルマが出会ったのは、彼女が人間かMIかに関わらず「アルマ」として接してくれる人ばかりだった。だから忘れてしまっていた。この世界に生きるほとんどの人々にとって、MIは己の欲を満たす便利な道具でしかないことを。
銃を構えたまま兵士が立ち上がり、総督府の建物に向かって足を踏み出す。するとアンドロイドたちがアルマの盾になるように立ちはだかった。もしこの場で争いが始まり、MIが人間を敵と見做すことがあれば本当に塔の秩序は崩壊する。それを防ぐためには、こうするしかない。
「わかった。抵抗を止める、だから……」
そう言ってアンドロイドたちの間から銃の前に出ようとしたアルマの言葉を遮るように、別の声が割り込んできた。
「そんなことばかり言っているからMIに見限られるんですよ、あなた方は」
声のほうへ振り返ると、そこには人型から動物の姿、さまざまな形状のロボットを引き連れたウォルターが立っていた。




