45.総督府
塔の内壁に沿って東西南北に配置されている四つの省の交差地点、上層地帯のちょうど中心に位置する総督府に、アルマとミコは訪れていた。総督府の太い円柱型の建物は上層の天井と繋がっていて、ここからエレベーターで上に昇った先が塔の最上階、バベルのMIコアが保管されているコントロールルームに続いている。
『準備はよろしいですか?』
エレベーターの場所まで案内してくれたアンドロイドに訊ねられ、アルマは頷く。上層地帯における管理局にあたる総督府の建物内にはアンドロイドと装甲兵の姿しか見当たらず、人間の職員は一人も存在しない。それは塔の支配者がMIであることを如実に現しているように感じられた。
壁に備え付けられたパネルをアンドロイドの職員が操作すると、エレベーターの扉が音もなく左右に開く。一瞬、ここから先に進むためにミコのMIコアを求められるのではないかと危惧したが、どうやら杞憂だったようだ。中に進むと再び音もなく扉が閉じてエレベーターが動き出し、アルマの身体が浮遊感に包まれた。
あらかじめ前技術省長官のフランツ・バーネット博士から、コントロールルームの構造と報告会の流れについては一通り聞いている。コントロールルームは技術省の会議室と同じ程度の広さの空間で、下層から上層に至るまでMIロボットのカメラを通じて取得された塔のあらゆる場所が、周囲の壁と天井一面に張り巡らされた無数のスクリーンに映し出されている。部屋の中央にはバベルのMIコアが厳重に収められた箱型の装置が鎮座していて、長官はその前に立って各省の業務成果報告を行うということだった。
報告や課題の相談に応答するバベルの声は、低く厳かな男性のものであるらしい。ただその点についてはミコ曰く、MIネットワークを通じて塔内のあらゆる情報を瞬時に取得できるバベルが映像で監視を行う必要性は皆無であり、声色も含めて自身が人間に対する絶対的な支配者であることを強く印象付けるためにあえてそのようにしているのではないかと予想していた。
基本的にMIに性別の概念はない。故に状況や希望に応じてどのような性別にも対応することが可能であるとも言える。例えば女性型のアンドロイドに搭載されたMIは、動作や口調も女性らしく振る舞うよう設定されている。
「そういえば、ミコの性別の設定は?」
エレベーターの中でふと、アルマが疑問を漏らす。発声機能が搭載されたロボットは通常、高低をはじめ声色の調整が可能だがミコにその機能はなく、男性とも女性ともつかない機械的な声をしている。
『特に設定されていませんが、アルマに合わせて自然と女性的な口調になっているかもしれませんね』
「それじゃあ、男性的な口調にも変えられるの?」
『えー、オホン……僕の名前はミコ。君の友達だ、よろしくな』
口調は変わったが声はミコのままなので、何だか声変わりもしていない少年が無理をして大人びた喋り方をしているように聞こえた。
『……変でしたか?』
特に反応がなく黙ったままのアルマにミコが訊ねる。
「ううん……でもやっぱり、今までどおりでいい」
『わかりました』
そんな会話をしているううちにエレベーターは停止し、再び音もなく扉が左右に開く。廊下の先に見えるコントロールルームの扉は、まるでアルマたちが訪れるのを待ち侘びているかのようにすでに開かれていた。だが近づいていくにつれ、アルマの頭で違和感が大きく膨れ上がっていく。それは入口の前に辿り着き室内の全容が明らかになったところで確信へと変わった。
入口から覗くコントロールルームの様子は事前にバーネット博士から聞いていたものとは似ても似つかないほど違っていて、壁と天井を埋め尽くしているというスクリーンは一つとして存在せず、代わりにソファやテーブル、さらにはベッドやキッチンまで、今まさに誰かがここで暮らしているとしか思えない内装が備えられていた。
もしかして入る場所を間違えたのだろうか。いや、そんなはずはない。そもそもロボットしかいない総督府の中に、人間の住居があること自体があまりにも奇妙に思われた。
『そんなところで立ち止まっていないで、どうぞこちらにいらっしゃい』
部屋の中から、小鳥が囀るような美しい声で何者かがアルマに呼びかける。続いてキッチンの奥から両手に湯気の立つカップを持って現れたのは、真新しい陶器のような白い肌、絹のように滑らかな長いブロンドの髪、そして晴れた空を映す鏡のように鮮やかな青色を湛えた瞳を持つ、ひとりの女性だった。
『ようこそ、アルマ。私の妹』




