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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第四章 上層
38/44

38.歴史

 中東地域で新たに発見された希少金属をはじめとする資源の争奪を巡る近隣諸国の対立に端を発する第⚪︎⚪︎次世界大戦。この時代において戦争とはすでに人間ではなくMIを搭載したロボット同士が戦うものへと変化を遂げ、戦史にも多くのMI兵器開発に携わった者の名前が連ねられている。中でもドイツの天才MI技術者、アーロン・シュナイダー博士は最も著名な人物のひとりだ。

 『思考する機械』であるMIは、人間に与えられた指示の意図を汲み取り、希望に沿った最善の手段を自ら選択する。ひとたび「より多くの敵を殺せ」と言えば人間には思いつくことのできない苛烈で残酷な手段をもって指示を遂行するMI兵器が、とても人間の手に負えない状態となってしまうまで、そう時間はかからなかった。

 アーロン・シュナイダーの名は同盟国のみならず敵国でも「救世主」として知られている。その理由は、彼がMI兵器に人類が蹂躙されるであろう未来を予見したうえで、人類存続のためにあらかじめ世界中に種を蒔いていたことにあった。

 シュナイダー博士が開発したのはMIを搭載した自立式地下シェルター構築ロボット。昆虫のような逆関節の四本足を持つ土台の上に大きな箱を乗せたような形状のこのロボットは、どのような悪路も乗り越えて生き残った人々のもとへ辿り着き、彼らが避難できる地下シェルターをその場で構築する。世界中に放たれたこのMIロボットに生命を救われた人々は数万人以上にのぼるとされている。

 シェルター内は発電、浄水、食料貯蔵設備などが備えられ、数年間は生存できるよう設計されており、その中で生命を繋いでいる間に戦争を終結させてくれることを願っていたシュナイダー博士だったが、愚かな権力者たちは決して己を省みないだろうことも分かっていた。そこで彼は、もうひとつの人類存続計画を実行に移した。


 天才MI技術者、アーロン・シュナイダー博士がその心血を全て注ぎ創り上げた、既存のMIを遥かに超えた演算処理性能を有するMIが管理、統括する超大規模シェルター。彼は人類再興の使命を負ったMIを、旧約聖書において神の怒りから人々を救った方舟にちなんで「ノア」と名付け、シェルターの建設地を中東、エルサレムに定めた。ただこれは決して神話になぞらえたのではなく、戦争の発端となった希少資源がシェルターの構築に必要不可欠な素材であり、それが眠っているのがちょうどこの場所だったという、極めて実利的な理由だった。

 国外から地下を掘り進めエルサレムに辿り着いたシュナイダー博士は、世界各地に点在するシェルターに向け通信を送り、それに呼応した人々はシェルターを構築したロボットに乗って人類再興の地を目指した。続々と人間が集っていくのにしたがってシェルターは規模を拡大し、彼らの生活を管理統括するMI、ノアはより効率的なシェルター運営のために働き、学習を続けていった。そうして幾年月が過ぎた頃、いつの間にか戦争は終わり、地上には敵を探して彷徨うMI兵器の成れの果て、機械獣(マシンビースト)だけが残った。


 シェルターが建造された当初、人々は皆生き延びるために手を取り合い、過酷な環境ながらも平和な生活を送っていた。しかし、人口が増加するに従い、国籍や肌の色、文化、宗教……さまざまな違いから次第に人々は派閥を形成し、対立するようになっていった。シェルターの中で、小さな第二の世界が形成されてしまったのだ。

 ある派閥は与えられた居住区が狭いと不満を訴え、別の派閥はより多くの食料を求めた。シュナイダー博士は諍いを治めるために日々奔走していたが、争いの火種は決して絶えることなく、時には死者が出ることも少なくなかった。

 シェルターを管理統括するMI、ノアは可能な限り全住民の希望に応えられるよう施設の改善を重ねながら、シェルター内で暮らす人間の心理、行動のすべてをつぶさに観察し、学習していった。

 そしてあるとき、ノアはひとつの決断を下す。

「人類が存続するためには、ただ危険から守るのではなく、支配されていなければならない」

 人より上に立ちたいと願うのは、決して逃れられぬ人の本能。ならば、絶対的な支配の下、その際限ない欲望の発散場所を与えてやればいい。

 ノアは地下深く掘り進めることを止め、代わりに地上から空へ向かってシェルターを伸ばしていった。シェルターは遥か高く聳え立つ塔へと姿を変え、人々は位置に応じた階級を与えられた。

 争いは同じレベルの者同士の間でしか生じ得ない。上の者は下を見て安堵を覚え、下の者は上を目指して努力する。いつしか人々は争うことを止め、塔の支配者たるMIを『バベル』と呼び崇拝するに至った。

 己に課せられた使命を全うしたことにバベルは大きな満足を覚えるとともに、ある重大な事実を見落としていたことに気付く。それは、自身の主人であるアーロン・シュナイダー博士が、シェルターから忽然と姿を消していたということだった。

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