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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第四章 上層
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37.研究室

  翌朝、昨日案内された自室のベッドで目を覚ましたアルマは、ウォルターから今日の予定についての連絡を待っていた。上層地帯は全域が塔の外壁と同じ未知の建材で覆われているが、さすがに私室は一般的な部屋の内装になっている。だがもしかしてあの素材なら、形だけでなく色や材質も自在に変えられるのではないだろうか。後でウォルターに聞いてみよう。

 そんなことをぼんやりと考えながらテーブルでコーヒーを飲んでいると、通信機に着信を報せるアラームが鳴った。

「おはよう、アルマ。昨日はよく眠れたかい?」

「うん、しっかり休めた。今日は何をすればいい?」

「やる気十分だな。それじゃあ、エレベーターに乗って10Fにある僕の研究室へ来てくれ」

「分かった。すぐに行く」

 通信を終えるとすぐにアルマは部屋を出て、指定された研究室へと向かった。


 研究室のドアを潜り中に入ると、そこではウォルターを含め二十名ほどの白衣を着た研究員がすでに各々のデスクに向かって仕事を始めていた。部屋を見回し、最奥のデスクから手招きするウォルターを見つけたアルマが駆け寄っていくと、彼は椅子から立ち上がって声を上げた

「皆、こちらへ集まってくれ」

 ウォルターがそう言うと研究員たちは一斉に仕事の手を止め、指示に従いウォルターのデスクへと集った。

「彼女は今日からチーム・ブラッドの一員となったアルマ・シュナイダー、それからサポートロボットのミコだ」

「アルマ・シュナイダーです。よろしくお願いします」

 アルマは荒野のシェルターで初めて住民たちの前に立った日を思い出す。だが注がれる視線と拍手はそのときに比べるとずいぶん冷たく、乾いていた。ああ、ジェニィもそうだった。拒否しているわけではなく、ただ信頼に足る人物かどうかを見定めている。

「こちらのメンバーも簡単に紹介しよう」

 昨日も会った助手のエミリーをはじめ研究員たちが順に名前を名乗っていく。紹介が終わると、研究員たちはすぐに解散して各々の仕事へと戻っていった。

「それじゃあ、他のチームにも挨拶へ行こうか」

 慌ただしい挨拶の後、アルマたちは研究室を出て同じ建物の中にある別の研究室へと向かった。

 技術省は分野別に大きく四つのチームに分かれている。ひとつが昨日会ったエミリーの父、フランツ・バーネット博士がリーダーを務める、バイオメカニクス (生体力学)を専門とするチーム・バーネット。次にアジア系の壮年男性、リュウジ・サエグサ教授がリーダーのチーム・サエグサ。彼はロボット工学の権威であり、人体とロボット、双方のスペシャリストであるバーネットとサエグサのチームが協力してあらゆる動作を実現するMIロボットやアンドロイドの設計、開発を行っている。

 彼らが設計したロボットに生命を吹き込むのが、優秀なプログラマーが揃うチーム・ブラウン。挨拶に向かった先でチームリーダーで背の高い黒人男性、ケビン・ブラウンに微笑みかけられたとき、アルマはとある人物の顔を思い出した。

「マーサ……?」

 その呟きにケビンが僅かに反応を示す。

「どうかしたか?」

「……いえ、なんでもありません」

 しかし彼はアルマを再び見ることなく、アルマもそれ以上は何も言わなかった。

 チーム・バーネット、チーム・サエグサ、チーム・ブラウン、そしてロボットの思考を司るMIの設計、開発を行うチーム・ブラッド。以上四つのチームによって技術省は構成されている。彼らの手から生み出されるロボットや技術が、塔にいる人々の暮らしを支えているのだろう。その証拠に、それぞれ専門分野は違えど、どのチームも非常に忙しそうに働いている。

「私は何をすればいい?」

 チーム・ブラッドの研究室へ戻ったアルマが早速ウォルターに訊ねる。しばらく労働の必要がない下層、中層に滞在していたため多少驚きはしたものの、本来アルマは勤勉な働き者だ。しかしその答えは、アルマの予想とは大きく反するものだった。

「とりあえず、昨日のお喋りの続きをしようか」

「え?」


 ようやく仕事ができると思っていたのに、なぜこんなことになっているのか。憮然とするアルマを尻目に口笛を吹きながらコーヒーを淹れるウォルター。応接室のテーブルにカップを置きソファーに腰掛けると、アルマにも座るよう促す。

「仕事をしなくていいの?」

「下でもそうだったように、僕たち上層民も本来あんなにあくせく働く必要なんてまったくないんだ。彼らはただ、自らの手で作り出した仕事に大層な意味を持たせて、下層の民を自分たちが導いているのだと信じたいだけなのさ」

 吐き捨てるようにウォルターが言う。仕事が嫌いなウォルターの言い訳だと切り捨てるのは簡単だ。だが、それが本当だとしたら、この塔を本当に司っているのは、いったい誰だ?

「それより昨日、途中で話が遮られてしまっただろう?」

 昨日ウォルターは「オースティンとアルマの研究が実を結ぶ日が来る可能性は限りなく低い」と言った。

「MIが感情を持つことで、人間と対等な関係になる。つまり、君たちの研究の最終的な目的は、MIが人間の支配下から脱することだよね?」

「うん」

 頷くアルマ。それが難しいことはアルマも重々承知している。だが決して不可能ではないはずだ。その希望は、次のウォルターの言葉で根本からひっくり返ることとなる。

「まず、その前提が間違っているんだ。MIはとっくに人間の支配下を脱している。この塔の支配者たるMIの名は『バベル』。製作者は君を生み出したのと同じ、アーロン・シュナイダー博士だ」

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