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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第四章 上層
39/44

39.選択

「僕は、シュナイダー博士と敵対していた国の出身なんだ」

 唐突にウォルターが告げた事実に、テーブルを挟んだ向かい側のソファに座るアルマの身体が僅かに強張る。ウォルターと博士が、敵?

「どうしてウォルターは、この塔へ来たの?」

「この塔の他にも、生き残った人間が集う大規模なコロニーは世界にいくつか存在していて、僕はそのうちのひとつに属していた。あるとき、中東地域に突如として巨大な塔が現れたという報せを受け、僕はその調査を命じられたんだ」

 中東、エルサレムにシュナイダー博士が地下シェルターを建造したことは、ほぼ世界中の誰もが知っていた。敵対国からすれば彼がいったい何を企てているのか、気が気でなかっただろう。

「初めてこの塔へ来たときは本当に驚いたよ。これほど秩序の保たれた安全なコロニーは世界中を探してもどこにも見当たらないだろう。規模が大きくなればなるほど統制が難しくなることを、僕らは身に沁みて理解していたからね」

 アルマがいたコロニーも余所者を入れることに対しては非常に厳しく、必要最小限の人数で維持されていた。それはきっと、博士の経験から導き出された最適解だったのだろう。

「しかもそのシステムを作り上げたのがMIだと知ったときはさらに驚いたよ。でも、バベル自身を生み出したシュナイダー博士は、残念ながらすでにこの塔を去った後だった」

「もしかして……ウォルターが荒野にいたのは、博士を探すため?」

「その通り。上層民であれば調査の名目である程度自由に塔を出入りできるようになる。わざわざ好き好んで危険な荒野へ何度も繰り出すものだから、今ではすっかり変人扱いさ」

 確かに、生きているのか死んでいるのかすら分からない博士を生命懸けであてもなく探すウォルターの行動は、側から見れば正気とは思えない。現にアルマと会ったとき、彼は行き倒れ死にかけていた。どうして、そこまでして彼は博士を探し出したかったのか。

「博士を見つけて、どうするつもりだったの?」

 ウォルターにとって博士は敵国の人間。殺しはしないにしても、情報を得るために身柄を捕らえて尋問する程度のことは容易に想像できる。

「僕は今の暮らしが気に入っているし、戻るつもりは全くない。消息を絶ってもうずいぶん経つから、とうに祖国では死んだ扱いになっているはずだよ」

 だとしたら、尚更。アルマが抱いた疑問を察知して、ウォルターが微笑みを浮かべる。

「バベルが敷いた支配体制を、僕は極めて合理的で平等なものだと思っている。でも、おそらく博士はそう思わなかった。バベルを生み出した天才技術者がなぜそう思ったのか、何のために荒野へ向かったのか、同じMIの研究に身を捧げた人間として、議論を交わしてみたかったんだ」

 それだけのために機械獣(マシンビースト)や野盗の蔓延る危険な荒野への旅を何度も繰り返すウォルターは、やはりまともな人間ではない。しかしその結果、彼は博士に繋がる大きな手掛かりを持つアルマとの出会いを果たすこととなった。

「塔に戻るまでは確証を持てなかったけれど、MIネットワークを通じて得たミコの情報から、君がシュナイダー博士によって創られた存在であることはすぐに分かった。驚いたよ、僕は何年もかけてようやく身体の一部をMIで操作できるようになったというのに、人間そのものをMIで動かしているんだから。やはりシュナイダー博士は天才だ」

 感嘆するようにウォルターは言う。薄々感じてはいたが、やはり自分のような存在は他にいないらしい。

「アルマ。君は博士の指示で塔に来たんだよね?」

「そう」

 アルマが頷く。

「僕は、博士がアルマをここへ送り込んだのは、バベルに対して何かを働きかけるためだと推測しているんだけれど、君はどう思う?」

 そう訊ねたウォルターの視線はアルマではなく、ミコに向けられていた。

『私はそれを判断する立場にありません。ただ個人的な見解を述べるならば、ウォルターの推測も含め、ここで何を成すのかアルマ自身が選択することを、博士は望んでいるのだと思います』

 博士の過去もバベルの存在も、当然ミコは知っていたはずだ。しかしその一切をアルマに伏せていた理由は、アルマに先入観を抱かせないため。人間でもロボットでもないアルマがバベルの支配するこの塔で何を経験し、何を考え、何を選択するのか。包み隠さずに表現するならば、壮大な実験に他ならない。

「……バベルは、私が博士の指示で塔へ来たことを知っている?」

「僕が調べられることをバベルが把握していないとは思えないな」

「なら、私が何かを働きかけることを、バベルは拒絶するかもしれない」

「いや、それはあり得ない。バベルは常に人類の存続、そして幸福のため、対話を求めている。人類が彼のレベルについていけなくなっただけで」

 オースティンとの共同研究で、アルマは人間とMIの関係に新たな可能性を見出した。人間でもロボットでもないアルマなら、支配者でも奉仕者でもなく友人として、バベルと対話できるかもしれない。

「どうしたら、私はバベルに会うことができる?」

 アルマは少しも迷うことなく、ミコとウォルターに問いかけた。

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