33.告白
頬に当たる冷たい感触で目を覚ましたアルマの視界に、こちらを心配そうに覗き込むオースティンの顔とミコの姿が映る。
「『アルマ!』」
「ここは……?」
「私の家の寝室だ。お前たちの家よりも近いここにひとまず運んで、休ませていたんだ」
左手をアルマの顔に添えたままオースティンが答える。どうやら気を失ってから今までずっと熱にあてられた身体を冷やしてくれていたらしい。
『アルマ、急に動いたらまた……!』
「ううん、大丈夫」
心配するミコに笑いかけながら、アルマがベッドから上体を起こす。意識を失ったのは短時間でMIと膨大な量の対話メッセージを行ったことによるオーバーヒートが原因で、身体はどこも痛くない。顔や腕を少し火傷したくらいだろう。
『良かった、オースティンがずっと冷却してくれたおかげで、跡は残らなさそうですね』
オースティンのMIは炎で熱されたアルマの皮膚を最適な温度に調整しながら冷却し続けてくれていた。それなら尚更問題はない。しかし、オースティンの表情は今も暗い影を落としていた。
「だが……すまない。髪は燃えてしまった」
そう言われて気付き、自分の髪に触れてみると、確かに炎に近かった箇所、特に毛先の方はかなりの部分が燃え落ちてしまっていた。
「別に、構わない。また生えてくるし」
本心からアルマがそう言うと、オースティンの強張った表情が綻び、ふっと笑みが漏れた。
「髪は女性の生命と聞いていたが、アルマのMIもさすがにその辺りの機微にはまだ疎いようだ」
そこでアルマは、意識を失う直前の出来事を鮮明に思い出した。
「……ごめんなさい。ずっと黙っていて」
オースティンの研究は、上層へ登ることを禁じられているMIの埋め込まれた人間の手で行われていた。規定を認識していなかったとはいえ、これは明らかな不正行為だ。危うく私は、闘技場にいたベンと同じく自分の利益のために他者を蹴落とすような真似をするところだった。
「謝るようなことは何ひとつない。私にもアルマに言ってないことはたくさんある。それにどうやら、管理局の方はすでにアルマの脳にMIが埋め込まれていることは周知の事実だったようだ」
「えっ?」
まさかの言葉に、思わず聞き返すアルマ。じゃあ、どうして上層への移動許可証を自分に与えたのか。
「私のように身体の一部分の操作権をMIに与えるのではなく、MIが脳に代わって人体そのものを動かしているアルマは、規則違反には当たらないそうだ」
「……もしかして、上層には私のようにMIで動いている人間が他にも存在している?」
「いや……少なくとも私は聞いたことがない。それに、そもそも人体の一部をMIで動かす技術が最近生まれたものだというのに、MIが複雑な人体構造を完璧に支配しコントロールする技術はその何段階も上、いわばオーバーテクノロジーだ。つまり前例がないからこそ規制も存在しないのだと、私は考えている」
私はこの時代には存在しないはずのオーバーテクノロジーで動いている。それが本当だとしたら、私はどうやって生まれたのか、私はいったい何者なのか。いよいよ訳がわからなくなってきた。
「だが……いろいろと腑に落ちたよ。なぜMI技術の始祖であり天才科学者のアーロン・シュナイダー博士がアルマを塔へ向かわせたのか……おっと、ミコに止められているから、話はここまでにしておこう」
確かにミコもオースティンも、私に言ってないことがたくさんある。謝る必要は本当になかったかもしれないと、アルマは思い直した。
「でも、本当に良いの? このまま上層に行けなくても」
アルマの問いかけに頷いたオースティンの表情は、今朝のそれとはまったく違う晴れやかなものに変わっていた。
「今回のことで思い知ったよ。私は上層に行く器の持ち主ではなかった」
「器?」
「初めに言われただろう? 上層地帯の人間は、人々の模範となり正しい方向へ導く高潔な精神を持つ人格者でなければならない。私は、アルマだけが許可を得たことに醜く嫉妬し、アルマがMIだと知ったときには安堵した。自分だけが上に行けないのではないと」
オースティンの独白を聞きながらアルマは考える。確かにそれは美しい精神とは言えないかもしれないが、誰もが思うことだ。
「アルマは私のために言う必要のない秘密を告白し、危険を顧みず暴走から救ってくれたというのに……。アルマ、君は間違いなく人の上に立つのに相応しい高潔な精神を備えた人格者だ」
嘘偽りないオースティンの言葉が、アルマの胸の内にそっと染み込んでいく。
「上層地帯へ行ったら、ウォルターにオースティンの研究を伝える。そして、これからも一緒に研究を続けられるよう、今の規則を変えてみせる」
「ありがとう、アルマ。その日を楽しみに待っているよ」
オースティンがアルマの頭を撫でると、柔らかい毛布で包み込まれるようにじんわりと暖かくなった。
「だが、忘れるんじゃないぞ。君は君の目的を果たすためにこの塔へやってきたということを。その結果がどうあれ、私たちは喜んで受け入れる。だから、自分の信じた道を進んでいけ」
「……うん、わかった。ありがとう、オースティン博士」
すっかり慣れてしまったせいでいつしか付けるのを忘れていた敬称で呼ばれたオースティンは、孫娘を慈しむような目で朗らかに笑った。




