32.宣告
「オースティン……どうしたの?」
「ああ……アルマか……」
声をかけられるまでアルマの来訪にも気付かず、リビングのソファで頭を抱えていたオースティンに困惑するアルマ。今朝、研究成果が認められ上層への移動を許可する旨の通知書が管理局からアルマのもとへ届いた。普通ならオースティンからすぐに連絡がありそうなものだが何の音沙汰もなく、不思議に思って彼の家へ向かったアルマが目にしたのは、この世の終わりのような表情で絶望に打ちひしがれているオースティンの姿だった。ずっと待ち焦がれていた日だというのに、いったい、彼に何があったというのか。
「アルマのところにも、同じものが届いただろう」
オースティンが掲げたのは一枚の紙。読んでみるとそこには、彼の上層への移動は認められない、という文言がはっきりと記されていた。
「これは絶対に何かの間違い」
「……どういうことだ?」
きっぱりと断言する理由が分からずそう訊ねたオースティンに、アルマが自分宛に届いた通知書を見せる。
「アルマは上層への移動を認められ私は許可されない……そんな馬鹿な話があるか!」
オースティンの意見に同意し頷くアルマ。逆ならまだしも、最近になって少し助手として協力しただけの自分が成果を横取りするなど、あってはならないことだ。
「確認しに行こう」
「ああ」
目に光を取り戻したオースティンとともに、アルマたちは管理局へと急ぎ向かった。
『通知に間違いはありません。上層へ移動できるのはアルマ・シュナイダー様だけです』
「なぜだ!」
管理局の室内にオースティンの怒号が響き渡る。しかし受付のアンドロイドも、部屋の両脇に控える装甲兵も一切微動だにせず、落ち着き払った様子で息を切らす彼を見つめている。
『研究成果自体は素晴らしいものでした。間違いなく今後のMI技術の発展に貢献するでしょう』
「それならどうして……!」
『この研究における成果のほとんどが、アルマ様の力によるものだからです』
アンドロイドが淡々と告げる残酷な事実に、オースティンが思わず言葉を失う。確かにこの研究が急速に前に進み出すきっかけを作ったのはアルマだ。だが長い年月をかけ、そして自らの身体さえも研究素材にして、この成果に至るまでの道筋を築いてきたのは、間違いなく自分だという思いがオースティンにはあった。このまま納得など、できるはずがない。
『それからもう一点』
アンドロイドが感情の見えない口調で続けた言葉は、先ほどよりもさらに残酷な、これまでのオースティンの努力を全て無に帰すような宣告だった。
『過去に一度でも体内に直接MIを埋め込んだ人間は、上層に入ることを許されません。これは明確に定められた塔の規則です』
「は……?」
時が止まったように固まったオースティンを尻目にアンドロイドは淡々と、事故や暴走で他者に危害を加えるリスクがあるため、上層民の総意で身体にMIが埋め込まれた人間の入場を固く禁ずることが決定されたことを説明した。
「……私が、上層に登れる可能性はまったくないのか?」
『少なくとも、現状はそうなります。いずれ規則の内容が変更される可能性はゼロではありませんが』
「じゃあ、いったい何のために私は自分の身体を……!」
オースティンが口を開いた瞬間、アルマのMIが激しく警鐘を鳴らし始める。オースティンの身体に埋め込まれたMIが彼の感情に呼応するように、そして己の感情のままに、怒りを吐き出そうとしている。その様子はまさに、たった今受付のアンドロイドが言っていたMIの「暴走」に他ならなかった。
「ふざけるな……!」
震える声とともに、オースティンの右腕から抑えきれなくなった熱が炎として噴き出し、様子を窺っていたMI装甲兵が暴走した彼を制圧するため銃火器を構えて動き出す。まずい、このまま放っておけば彼は。
「オースティン!」
凄まじいまでの熱気と冷気に包まれたオースティンの身体に向かって、アルマが叫びながら躊躇いなく飛び込んでいく。
『アルマ!』
ミコがアルマを止めようとするが、高熱、低温耐性のない機体では近づくことすらできない。その状況下でアルマは全身を襲う激痛に耐えながらオースティンの背中に腕を回し、彼のMIと整体電流による通信を繋いだ。
オースティンの中にいる二つのMIは、大切な友のために怒っている。彼らの気持ちはアルマにも痛いほど理解できた。しかし、その怒りが決して友のためにならないことを、整体電流を通じてアルマは必死に訴え続けた。実際にはほんの数秒間の出来事だったがその何倍にも感じられるほど、人間には実現不可能な超高速度で交わされた濃密な対話を経て、感情の爆発を抑えたMIは動作を停止し、オースティンはその場に膝をついた。
オースティンの身体を支えていた手をそっと離し、髪と服、さらに腕と頬を炎で焦がしたアルマがゆっくりと受付カウンターのほうへ振り返る。
「オースティンが駄目なら、私も上層へは行けない。だって私の頭には、MIが埋め込まれているから」
その言葉を最後に全身の力を失い倒れていくアルマの身体を、室内との温度差で白い空気を纏うオースティンの左半身が咄嗟に受け止める。火照った身体に触れる腕の心地よい冷たさを感じながら、アルマは意識を失った。




