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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第三章 中層
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25.中層へ

 ここに至るまでの経験を踏まえて推測していた通り、アルマの青い瞳へ飛び込んできた中層地帯の景色は、下層地帯とも、そして当然ながら荒野ともまったく異なる様相を呈していた。

 一言で表現するなら「戦前の風景」だ。当然ながら実際に目の当たりにしたことは無かったが、アルマのMIはこの世界がどのような経緯で現在の状態へと至ったのか、その歴史を知識として記憶している。

 ニューヨーク・シティを想起させる超高層ビルが連なる摩天楼、絵本の中から出てきたような中世ヨーロッパ風のカラフルな街並み、キスケが好きそうな極東アジアの侘び寂びを感じさせる古い木造の家屋……ただひとつ奇妙だったのは、それらのまったく異なる歴史や文化を背景に持っているはずの建築物が、同じ時代の同じ場所でひとつに混ざり合うようにして存在していたことだった。これはいったい、どういうことなのだろうか。

 もう以前のようには震えていない足で扉の向こう、塔の中心部に向かって歩き出してみると、下層と違い石畳やアスファルトでしっかりと舗装された地面は少しも砂埃を立てることなく、吸い込んだ空気は澄み渡っていた。道は歩道と車道ではっきりと区分けされていて、車道の上を下層でも見た流線型の自動車が何台も通過している。

 中層では車が主な移動手段であるためか歩いている人を見ることは少なかったが、そのほぼ全員が隣に人型のアンドロイドを伴っていて、糊の効いた仕立ての良い清潔な服装をした中層民たちは、すれ違う際にアルマへにこやかな笑みを浮かべ会釈していった。


 街中を進んでいくにつれ、この風景も空と同じようにスクリーンに投影された映像なのではないかという疑いが杞憂だったことが分かったアルマだが、また別の奇妙な点に気付く。それは、中層にある家の全ての門扉が開放され、誰でも自由に出入りできるようになっていることだった。各々の家の前にはもれなく看板が立てられていて、そこに何があるのかを示していた。試しに手近なところへ入ってみると、スロープを進んだ先にあるバロック調の装飾が施された建物の中は、看板に書いてあった通り、豪華な額に収められたいくつもの絵画がずらりと壁に並ぶギャラリーとなっていた。

 他に来場者の姿はなく閑散としたギャラリーを見物していたアルマの背後から、家主と思しき男性が声をかけてきた。

「やあ、いらっしゃい」

 おそらく中層の街並みを描いたのだろう絵を見ていたアルマが振り返り、訊ねる。

「これは、売り物?」

「まあ、そうだね。ほとんど売れやしないが。絵を描くのが趣味なんだ」

 髭を触りながら、穏やかそうな佇まいの壮年の男性が答える。

「とても上手」

 美術的な価値は判断できないが、この絵を描くのに大変な労力と技術が必要で、少なくとも「趣味」というのは謙遜であることはアルマにも分かった。

「ほっほっ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。もし気に入ったものがあれば、持っていくといい」

「でも、あまりお金を持っていないので、買うことができない」

 アルマがそう言うと、男性はにこやかに微笑んだ。

「お代は結構さ。別に金儲けのためにやっているんじゃないんだ。このあたりにいる私のような年寄りは皆、持て余した時間をなんとかして潰しているのさ」

 アルマは男性の厚意に甘える形で今いる建物の外観を描いた小さな絵を受け取り、礼を伝えてギャラリーを後にした。


 その後も散策を続けていると、そこかしこで手作りのお菓子やパンなどの食べ物、アクセサリーや工芸品を売っていたり、ギターの弾き語りやトランプを使った手品を披露していたりと、あの男性が言っていた通り中層はさまざまな趣味に興じる人とそれを楽しむ人とで溢れ返っていた。

 ふと、その中のある一軒が気になり、アルマは吸い寄せられるように煙の昇る煙突が特徴的な建物へと入っていく。そこは皿やカップを作っている陶芸家の作業場だった。入口の近くに雑然と積まれていたお皿のひとつを手に取り、アルマが呟く。

「やっぱり、サルガドのお店にあったのと同じ」

『本当ですね。どうやらここで作られたもののようです』

 軒先の看板に書かれていたのと同じサインが刻まれた少し歪な形のお皿。あれだけ何度も使っていたら、もはや見間違えようもない。

「良かったら、今の話をもう少し詳しく聞かせてくれないか?」

 アルマの言葉を聞きつけた陶芸家の男性が、首に巻いていたタオルで一本の髪も見当たらないつるつるの頭を拭きながら作業の手を止めてこちらへやってくる。要望通りアルマが詳しく伝えると、男性はたいそう喜んでくれた。

「まさか俺の皿で料理を出している店の話を聞けるなんて……これ以上嬉しいことはない」

 話のお礼にと皿とカップを受け取りその場を後にする。そうして気付けばそこかしこでもらったものがアルマの両手に収まらないほどの量になっていた。もしミコが人型のアンドロイドだったら運ぶのを手伝って欲しいところだったが、残念ながら手も足もない。

 これ以上寄り道をしていたら本当に持ちきれなくなってしまうため、アルマは誘惑を断ち切り、中層の管理局へと急ぎ向かった。

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