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Babel (バベル)  作者: 匿名希望
第三章 中層
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26.格差

 その規格外の大きさから外観では判別することができないが、この塔は上にいくほど少しずつ先が細くなっている。そのため中層は下層よりも面積が狭く、人口も少ない。故に四つの区画に分かれ管理局も同じ数だけ存在した下層と違い、中層には塔のちょうど中心部分にひとつしか管理局が存在しなかった。下層に比べて圧倒的に治安が良いと思われる中層は、そこまで厳重に管理する必要性もないのかもしれないが。

 下層地帯にあったものとまったく同じ外観の中層管理局の扉を開けて中に入ると、やはり下層とまったく同じ内装の室内と左右に配置された二台のMI装甲兵、そして受付の女性型アンドロイドがアルマたちを出迎えた。

『お待ちしておりました。アルマ・シュナイダー様、ミコ様。どうぞ、こちらへ』

 どうやらアルマたちが中層へ登ったのは周知の事実で、すぐに管理局へ向かうものだと思われていたようだ。両手に持った袋にいっぱいになったお土産を一旦預け、別室へと案内される。受付のカウンターより奥へ進むのは初めてのことだった。

 通された別室も、未知の素材で形成されたソファとテーブルしかない極限まで無駄の省かれた部屋で、ソファに腰掛けると今まで横になったどのベッドよりもよく眠れそうな、柔らかい座り心地に驚いた。

『早速ですが、中層地帯での生活についてご説明をさせていただきます』

 女性型アンドロイドが話し始めると同時にテーブルが光を放ち、天板の上に立体的なホログラム映像が浮かび上がる。三つに区切られた筒状の物体、塔の内部を表しているのだろうか。

『中層は他の層と違い、中層自体が三つの階層に分かれています』

 受付係の説明によると、中層民はその人物が持っている能力や知識の希少性、有用性に応じて中一〜三層に振り分けられていて、現在アルマは一番下の中一層に属しているとのことだった。管理局内にあるエレベーターを通じて中層内は自由に行き来が可能だが、下層への移動は安全面の理由から闘技場の観戦を除き許可されていない。

 中層も下層と同様、基本的に生活は保証されていて労働に従事する必要はないが、生活水準は下層と大きな差があった。その理由のひとつが、一人一台支給される人型MIサポートロボットにある。彼らは言うなれば執事やメイドのような存在で、料理や家事をはじめとする日常のあらゆることを人間の代わりに行ってくれるのだ。

 それを聞いて、アルマは先程出会った絵描きの男性がなぜ暇を持て余していると言っていたのか、その理由がわかったような気がした。働かずとも生活が保証され、身の回りの世話を全てサポートロボットが行ってくれる中層民たちは、おそらく趣味や娯楽に没頭するほかにやることがないのだろう。

 中層についてひととおり説明を受けたアルマは、最後に受付係に質問した。

「上層へ登るには、やはり通貨が必要?」

『はい、そうですね。上層民となるにはさらなる人間としての希少価値、また高い精神性が必要になります』

「精神性?」

 初めて耳にする単語にアルマが敏感に反応する。

『上層民は中層、下層民を統治する役割を担う支配者層に該当します。ですので、人々の模範となり正しい方向へ導く高潔な精神を持つ人格者でなければなりません』

「人格者……」

 アルマはこれまで、自分の行いが正しいか間違っているかということを考えたことが一度としてなかった。なぜならアルマの基本的な行動基準はそのほとんどが他者の望みに基づいていたからだ。果たして、MIである自分に上層へ行く資格があるとみなされるのだろうか。

『アルマ様は今のところ目立った問題行動を起こしていませんし、その資格を得られる可能性は十分にあります。上層を目指すのでしたら、今後とも常に正しく公平な言動を心がけるようにしてください』

 しばし自問自答していたアルマを安心させるように、受付係のアンドロイドは微笑みながらそう付け加えた。


『アルマ……やはりサポートロボットを支給してもらったほうが良かったのでは?』

 再び大きな袋を両手に持ち管理局を後にするアルマを気遣うようにミコが訊ねる。受付係からサポートロボットについて訊ねられたアルマは「ミコがいるから必要ない」と断っていた。

「別に身の回りのことは自分でできるし、私の脳がMIだと知られるリスクが上がることのほうが危険」

『それは……確かにそうなのですが……』

「ほら、車が来た。行こう、ミコ」

 新居へ向かうために手配した流線型の車に手慣れた様子で乗り込むアルマの背中をミコが見つめる。この野球ボールにプロペラを刺しただけのボディでは代わりに荷物を持ってあげることも、いざという時にアルマの身を守ることもできない。

「ミコ、どうしたの」

『すみません、今行きます』

 思考の片隅をよぎる不安を振り払い、ミコはアルマの後を追って車に乗った。

「ここが……新しい家」

 無人の車に運ばれてたどり着いた中層でアルマたちが暮らす家は、塔の中心部から少し離れた場所のビル群にある高層マンションの一室だった。エレベーターに乗って25階で降り、説明された番号の部屋のドアを開ける。入ってすぐ目に飛び込んできたのは、全面ガラス張りの窓の向こう側、中一層をほぼ一望できるほどの素晴らしい景観だった。塔の中心に位置する管理局から、中層内を行き来するためのエレベーターが空を突き抜けるように高く上に伸びている。

 しばしその風景を眺めたあと、室内を見渡してみると、今回の部屋は下層と違いまったく壁で区切られていない広いワンルームの間取りだった。アイランドキッチンも、ダイニングテーブルも、ベッドもすべてひとつの部屋にまとめられている。こうしてみると確かに、必ずしも部屋を区切ることの意味はあまり感じられない。だが、下層の自室やサルガドの部屋を思い出すと、この広い空間が妙に寒々しく感じる。隅々まで磨き上げられた清潔で開放感のある室内を見て、アルマは塔の階層の違いによる格差を改めて認識したのだった。

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