23.アルマとリリア
アルマが店のドアをそっと閉める。それまでずっと後ろについて来ていたはずのミコはなぜか側におらず、アルマとリリアは東地区の静かな路地裏に二人きりとなった。
「リリア」
「……なに?」
リリアの声は以前までの彼女のそれとは異なり、冷ややかな響きをもってアルマの鼓膜を小さく震わせた。
「私は、リリアに嘘を吐いてしまった。まずはそれを謝らせて欲しい。ごめんなさい」
「……それで?」
またしても冷たい声が投げかけられ、思わず目を逸らしたくなるのを堪えながら、アルマがリリアの顔を見つめる。その目が湛える暗い悲しみの色を見たとき、アルマは深くリリアを傷つけてしまったことを、改めて思い知った。だが、それでも。
「結局、アルマは中層へ行ってしまうんでしょう?」
リリアの問いかけに、アルマが小さく頷く。
「目的を果たすために、塔の上に登らなければならない」
再びリリアが口を開こうとする。しかしそれを遮るようにアルマは言葉を続けた。
「でも、私は必ずここに戻ってくる」
「そう言ってここからいなくなって、帰ってきた人は今まで誰一人としていなかった! お母さんの病気も治らなかった! この塔にいる人はみんな嘘つきばかり! もう誰かに期待して裏切られるのは、嫌なの……」
溜まっていたものを吐き出し息を荒げるリリアの頬に、ひとすじの涙が伝う。
「約束する。いつになるかはわからないけれど、必ず」
「嘘よ!」
「嘘じゃない。私は、嘘を吐けない」
その言葉を聞いたリリアの目に、怒りの炎が宿る。
「そんな人間がいるわけないでしょう。だいたいアルマはさっき……!」
「なぜなら、私は人間じゃない。脳の代わりに頭に埋め込まれたMIによって私の身体は動いている。そして、人類の幸福が行動原理であるMIが人間を嘘で騙すことは、プログラムの規約に違反している」
「え……?」
アルマの口から唐突に語られた真実に、リリアが言葉を失う。
「リリアとの約束も、闘技場への参加が『危険なこと』に該当する認識は私になかった。結果的に、約束を破ることになってしまったけれど」
言いながら、都合の良い解釈だと自分でも思う。だが、人類の幸福が行動原理と言いながら、MIロボットである機械獣は視界に入った人間を殺そうとするし、アルマもまた自分や仲間の生命に危機が迫れば相手が人間だろうが容赦なく攻撃を行う。誰かにとっての幸福が他の人にとっても同じだとは限らないことを、アルマは短い人生の中で嫌というほど経験してきた。今まさに、博士とリリアの望みが決して相入れることのないように。
「アルマは……ロボットなの? その、ミコみたいに」
理解が追いつかないリリアの絞り出すような問いかけに対し、アルマは首を横に振る。
「私はMIによって動かされているけれど、肉体は人間だからロボットには該当しない。でも、完全な人間であるとも言えない」
想像の範疇を超えたアルマの言葉を何とか噛み砕いて飲み込もうと、リリアは真剣な表情で聞き入っている。そのことが、なぜだかアルマは無性に嬉しく感じた。
「私は、私を創った博士の指示に導かれてこの塔へ来た。なぜ博士がそうしたのか、私はいったい何者なのか、何のために生まれたのか。その答えはきっと塔の上にあるのだと私は考えている。それが、私が中層を目指している理由。そして、もし答えを見つけられたら、そのときはどんな手を使ってもリリアのところに戻ってくる」
アルマは自身に関する全ての真実をリリアに語った。もう隠していることは何ひとつとしてない。博士やミコの希望には反していたが、もしこれでリリアに許されなくても、後悔はなかった。
話し終えたことで緊張が解け脱力したアルマの身体を、不意に柔らかくていい匂いのする何かが包み込んだ。
「……ごめんね、アルマ」
リリアがアルマの身体を抱きしめたまま、耳元で囁く。
「きっと、言いたくないこともあったよね。でも、私のために伝えてくれて、ありがとう」
アルマもリリアがしているのと同じように彼女の背中に両手を回し、その暖かさに体重を預ける。
「私も、言えてよかった」
「本当はどこにも行って欲しくないし、危ないこともして欲しくない。でも、それがアルマの心からの願いなら、私はもう止めない。アルマなら、きっと叶えられるわ」
リリアが一度腕に強く力を込めてから、そっと身体を離す。大切だからこそ、自分の我儘で狭い籠の中に閉じ込めておくわけにはいかない。羽を広げ、より高い場所へ飛び立っていく日は、もうすぐそこまで近づいている。
「リリア。私を待っていてくれる?」
「もちろん。でも、できれば大人になる前に帰ってきてね。アルマと一緒にしたい遊びが、まだたくさんあるんだから」
「わかった。努力する」
涙とは悲しいときに人の目から流れるものだとアルマは認識していた。それなのに、どうして私たちは二人とも嬉しそうに笑いながら涙を流しているのか、その理由がアルマにはどうしても分からなかった。




